ワケあり Extra 6

□寒に入ってもお元気元気?
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そんな二人が同じタイミングでハッとし、
思わずながら急ぎ足になりかかっていたその足を止める。
さすがに手套までは大げさだと思ったか、素手のままだったのがやはりやはり冷たいか、
すんなりとした指先や形のいい手のひらを重ね合わせ、
そちらも白い湯気の立つ口許へと寄せては、吐息を吹きかけ温めていた白皙の美少女さんが。

 「…っ。」

まだ結構な距離があってもそれと判るほど、
態度を不意に硬化させたのが見て取れた。
それまではともすれば眠そうに緩めていた目許をきゅうと鋭くとがらせて、
愛らしい合掌のような所作で口許へくっつけていた両手、
さりげなく宙へと浮かしつつ、だがだが視線はとある一点へと釘付け状態。
まるで、唐突に獲物が現れたのを、
視線でまずは逃がすまいと注視している猛禽のようであり、だが、

 “獲物?”
 “標的になるようなものって?”

自分たちからは見えない位置で何か起こっているものか、
それとも因縁のある誰かの姿でも見えたのか。
どっちにしたって…彼女の表情や眼付きの帯びている冷ややかな冴えからして
友好的な存在とは到底思えず、

「まずいですよ。」
「ええ、独りの時に駆け出すなと言ってはありますが。」

そういや昨年の末に誘拐されかけた時も、単身で大暴れした久蔵お嬢様で。
ごくごく一般の女子高生に比すれば飛び抜けたレベルで腕に覚えがあるとはいえ、
それでも君子危うきに近寄らずというではないか。
先の場合は向こうから降ってきた災厄だったから
已む無く繰り出した自己防衛的抵抗だったかも知れないが、
自分から飛び込んではいけませんと、

 “でもなぁ、私たちが言ってもなぁ…。”
 “つか、無事でよかった怖かったでしょうと、安堵の声を掛ける方が先ですし。”

大人って凄いなぁ、
心配しただろうに叱る方が先だと自分の心情を後回しに出来るんだものと、
こんな場面で褒められてもしようがない、
そんな引き合いに出された各々の保護者の皆さんもこの際は置いといて。
二人のお嬢様を遠目でも凍りつかせたほどの鋭い緊迫は、
やはり坂の向こう側からやってきた存在へと向けてのもので。
ゆっくりと下ろされた両手がふるんと振られ、
上着の肘当たりのたわみを直したそぶりに見せかけて、その実、

 「やば…っ。」
 「久蔵殿っ!」

前腕をぶんっと勢いよく振ったのは、
手首の深みへ装備していた獲物を手元へ繰り出すときのあの所作だと反射的に気がついて。
ちょっと見かねた所業へは、駆けてって天誅蹴りで仕留める、
信条は不言実行(違) です、クールビューティーなお嬢様。
得物を出したということはそれほど手ごわい危機なのか、
それともまずは威嚇の空振りで脅すだけにするつもりでいるものか。

「…どっちにしたって自宅前でそんなご乱行を披露してどうすんだか。」
「わあ…っ☆」
「び、びっくりしたっ。」

彼女のまとうゆったりめのコーディガンの裾が、
ぱんっと威勢よくマントのように大きくひるがえったのは、
それだけ大きな動作にて、久蔵さんが力いっぱい鋭い一閃を振るったからに他ならず。
こりゃまずいと再び駆け出そうとしかかったお嬢様ふたりの間に割って入り、
小さな肩に左右の手を引っかけ、
“両手に花”状態を作って引き留めつつ、そんなお声を発したお人がいたものだから。
いくらかつては腕の立つお侍だったとはいえ、
常駐戦場の心意気なんてありはしないお嬢様がた、
ひゃあっと驚き、そのまま跳ね上がりかかったのも道理。
不意も不意、気配もなかったのにどっから出て来たんだあんたという登場を成したのは、

「良親殿?」
「あけましておめでとうございますvv」

二十代ギリギリかという年頃だろうに、
まださほどには頬骨も張らぬすべらかなご面相は、相変わらずの麗しさ。
今日はお勤めではないものか、
キャメルのコートの下には暖かそうなネルシャツにざっくりとした網目のセーターを合わせ、
ボトムはテイラードパンツだが温かそうな生地はカジュアルっぽい仕様。
きっちりと堅く撫でつけるではない甘い色合いの髪に、
ほのかな憂いを浸して印象的な目許は虹彩の色も濃く深く。
表情豊かな口許が柔らかくほころんで、
響きのいいお声で 今頃ですかというお年始のご挨拶なぞ紡いでくださったものの、

「一体何が起きてるんですか、あれ。」

というか止めなくてもいいのか、
あんたの非常勤先のお嬢様が何かやらかしてるんだろうにと、
七郎次も平八も非難混じりのお顔を向ける。
謎の多い不思議な大人の良親さんには、
こちらの二人には最近やっと通じた事情の一つ。
三木コンツェルンの総帥、綾麿様直々のお声掛けで
久蔵お嬢様の護衛も時々請け負ってる丹羽さんであるらしく。
こんな間合いで姿を現すのも、その延長でのことなれば、
今の今、何やら物騒な気配になってるお嬢様なのに放置していいのかと、
そんな含みをたんと込めての訊きようをするお嬢様たちなのへ、

「まあ、何と言いますか…。」

ちょぉっと言葉を濁している間にも、

「…っ!」

とうとう間合いが詰まったか、
手元に繰り出した特殊警棒、じゃきりと伸ばして身構えたそのまま、
バックスキンの編み上げハーフブーツという足元も軽快に
躊躇なく踏み出してぶんっと振られた鋭い一閃。
頭上からの振り下ろしではなく、横殴りという格好のその一撃を、

 ひょいっ、と

何なく避けてしまわれたのは、
昔はともかく今はさして長身ということもない久蔵と変わらぬ背丈の…

「…お年寄りに見えますが。」
「うん。アタシにもそう見える。」

午前のお散歩中というところか、
ニット帽をかぶり、ダウンだろうジャケットを羽織り、足元も防寒仕様のズボンとくつと。
今時分にはよく見られるようなごくごく普通のいでたちをした、
初老くらいか、そんな年恰好のご老体。
片方の手へ握りの部分がT字になったステッキをついておいでというから、
足元も多少は危ないのかもしれぬ相手へ、

「な、何でまた…。」

何かしら揮発性の高い危険を負って向かって来たならいざ知らず、
どう見たって久蔵の側から先手を打って警棒を振るったようだったし。
しかも、その切っ先をひょいと、
まるで不意な風に押されて立ち止まったかのよな自然な態度で
あっさり避けてしまったお爺さんであり。
素人が観たなら、何のつもりかぶんと棒を振ったお嬢さんだったのが、
奇跡的にも当たらなかったという順番にも解釈出来たよな
ほんの一瞬という、だがだが攻守ともに見事だったやりとり。
しっかと見取ったこちらの顔ぶれとしては、
背景はどうあれ、なかなかやるなとついつい思った。
お友達が示した、お年寄り相手の暴挙という一大事へ、
何てことをと青ざめた不安や混乱をかき消すほどの鮮やかな受け流しだったため、
毒気を抜かれ、見惚れてしまったようなもの。だが、

「わあ、凄い…。」

空振ったことももしかして織り込み済みか、久蔵からの攻撃は単なる一撃には収まらず、
そちらからもまた流れるようにすかさずの一閃が繰り出されている。
最初の一撃が懐から外への振り出し、
それを載せた警棒をくるりと逆手に持ち替えて
ぎゅんと戻す流れとなったは、さながら太刀への操りようを思わせる。
バレエで鍛えた瞬発力がある久蔵は、
日頃から短い警棒という得物を使い、鋭い臨機応変の利く切り込みようが得手ではあるが、
だからといって体術優先の“忍”とは違い、
本来…と言っていいものか、かつては大太刀を二本操っていたサムライで。
なので、体そのものを弾丸のようにぶつけることはなく
あくまでも得物の切っ先を絶妙に操っての攻撃を仕掛ける。
ただ、多角的な対応も得意技なので、

「おっと。」

二本の警棒でひっきりなしの攻勢に出つつ、
お留守になってる足元へ不意打ちで長い御々脚を差し伸べて、
とんと突く格好での払いを繰り出すような荒業も使わぬではなくて。

「わ、ダメって久蔵殿っ。」

杖を使っているようなご老体へそれはダメだとひやっと首をすくめた平八だが、
何ということか、その足払い、杖の一閃で何なく払い返されておいで。
それほど気負っておられぬせいで気がつかなんだが、
そういえば相手のご老人、柳に風という感じで少しも怖がったり迷惑なと逃げ出そうとなさらない。
それもまた不思議極まりなくて、

 「「???」」

これは一体どういうことかと、
お友達二人ともう一人でやや遠巻きに見やっている間にも、
紅胡蝶さんの攻勢は立て続く。
お返しの足払いにそのまま体のバランスごと乗っけ、
背中を見せるほど体を返されたその流れの末で、
後ろ蹴りという行儀の悪い、もとえ騙し討ちっぽい攻勢を仕掛けたが、
それもまたひょいと難なく躱されており。
当てまいとしていての余白がご老人の身の周辺にバリアのごとくあるのかと思われたほど、
一撃一撃が際どい“寸止め”で繰り出されているように見えるが、さにあらん。

「ありゃ本気の攻撃だな。」
「そうですね。」

良親が二人を引き留めたのはそんなところからだと、今ようやく七郎次らにも合点がいった。
恐らくは相手の腕を見込んでいるからこその真剣勝負。
冗談抜きに当たったら洒落にならぬほど追い詰められているのは、
もしかせずとも久蔵の側で。
それが証拠に、

「…っ!」

なかなか相手が捕まらないのへ焦ったか、
とうとう警棒を振りかぶり、乱打よろしくの突きを
そりゃあもう凄まじい連続技として繰り出した紅ばらさんだが、
それもまたすんでのところをゆらゆらと躱しているものか、
一向に当たらないままの不思議な光景となっており。
何も判らない人が通りがかってこの場を見たなら、
無抵抗のお年寄りへ殴る振りなんかして、何を脅しておいでかと、
やっぱり非難の目になられてしまったかも知れぬ。
そうと見えるほど、久蔵の腕を余裕で見越して対しておいでのお爺さん。
えいっと最後の突きを踏み出しもって深く繰り出したところ

「あ…。」

そこでやっと大きく動いた。
それも、久蔵の視野から姿を消すほどという大胆さだったが、
遠目に見ていた側としては、一歩ほど脇へと身をずらしただけの所作であり、
しかも、

「またまた儂の勝ちじゃな、嬢ちゃんよ。」
「〜〜〜〜〜。」

どこに隠し持っておられたやら、
久蔵のフワフワなくせっ毛の耳元辺りへ、
まだ蕾ながらも梅だろう小枝がさくっと差し入れられていた見事さよ。
何かが視野を掠めたと、動きがひたりと停まった久蔵の反射も大したものだが、
やろうと思えばこうまで顔の至近という
際どくも鋭い“突き”のお返しが出来たんだよという明らかな証。
こんな技を見せられちゃあ、久蔵の側も負けを認めるしかないようで。
楽しそうにほっほっほっと笑って歩み出すご老体を、肩で息をしつつも見送りながら、

「……。」
「久蔵殿のあのぐっと握られた拳は何でしょか。」
「次こそは、っていう、固い決意じゃないですかね。」
「良親様…。」

何が何だかよく判らなかった唐突な攻防戦は、とりあえずは幕を下ろしたらしく。
坂を下りて来たご老人、こちらとすれ違う際に、
丹羽さんへちらりと目礼のような愛想のような目配せを寄越したようだったが、
お嬢さん方はそれどころじゃあない。

「久蔵殿、何してますかっ。」
「おケガさせたらどうしますか、メッ!」
「…っ!」

だだだだっとの勢いで駆け寄ったお友達二人から
いきなりのお叱りを投げられて、
わあ大変と今頃身をすくめたのは言うまでもなかったり…。


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