ワケあり Extra 6

□そろそろ師走ですね
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随分と早くなった日暮れ時まであとわずか。
蒼穹は茜を染ませたような色合いに滲んでおり、
髪を遊ばせるよに吹く風もぐんと冷たい。
そんな寂しい刻限だというに、
街灯もない一角、
車がぎりぎり行き交うことが出来る程度の細道の片側に面して連なる、
野球が出来そうなほどの敷地だろうか、鬱蒼と広がる竹林の狭間に紛れるようにして、
自転車にまたがって何やら下衆な笑いようをしつつぼそぼそと談笑している人影が
都合3,4人ほど伺えて。
独りだけしゃがみ込んでる青年は、ニット帽の陰でぷかりぷかりと白い煙を上げており。

「下生えが乾いてるのになんて危ないことすんの。」

未成年御喫煙ごと 腹に据えかねたのだろう、
白百合さんがむうと青い双眸を吊り上げておいで。

「高校生にしちゃあスレてるかな、」
「いやいやあんなもんでしょうよ、
 こういうしょむないことで憂さ晴らしするよな奴は。」

やれやれだねと肩をすくめたひなげしさんがオペラグラスを降ろすとポッケへ突っ込み、
竹林へ向けて伺ってた“バードウォッチ”もどきを切り上げて、
肩から提げてた真っ赤なトートバッグを揺すり上げる。
一旦、自宅に戻って着替えたので、羽織っているコートはいつもの学校指定のそれじゃあなくて
ココアカラーの可愛らしいダッフルだ。
フード部分を背後へ下ろしていて、襟元にちょっぴり広がる赤みがかった髪がさらさらと揺れる。
タイツを先、足元はバックスキンのブーティーで、
踵がしっかりしたタイプのを選んだので、いざという時に駆け出しやすくはあるけれど、

 「いぃい? 絶対に無茶しちゃダメだよ?」
 「判ってますって。」

七郎次が念を押し、平八もしっかと頷いたのは、

 『現行犯として取っ捕まえるには被害者が必要ですよね。』

何処の何へ所用なものか、
竹やぶにもぐり込んでたむろってる不審な青少年がいるというのは
平八が無音のドローンを飛ばして哨戒した結果、すぐにも突き止められた。
(人が滅多に分け入らない広っぱの上だったので、許可は要るまいと飛ばしたそうな。
 良い子の皆さんは、地域の法令を順守してくださいね?)
竹林に添う道を見やってはにやにや笑っているのがいかにも怪しいし、
時々ポケットへ手を突っ込んで何か確かめている風なのもきな臭い。
とはいえ、自分たちは巡査でもないし
地域のボランティアですと名乗って、何をしているのかと問うたところで
ただの時間つぶしだなんて すっ惚けられたらそれまでだ。
証拠がないうちは容疑者ですらないのは、彼女らにも重々判っているし、
冗談抜きにホンボシは他にいるのやもしれぬ。

 『ですよね。
  ひったくりならグループでってのも有りですが、
  通り過ぎざまにコートに切りつけるなんて、そんな猟奇なこと数人でやりますかね。』

ドローンで監視をしてみたが、いかんせん陽が落ちてしまうと視界が悪い。
明かりを点けちゃうとこちらが丸見えとなって怪しまれようし、
赤外線カメラ搭載すると、平八曰く 重くなるので結果としてモーター音を消せないそうで。
まま、町内会の皆さんのパトロールが効いたか、被害が出てないならまあいっかと
手を引きかけたつい昨日、選りにも選って女学園の生徒がやられた。
しかも、それでもって正確な被害を…駆けつけた所轄署のミニパトの搭載された端末へ
ハッキングを仕掛けて引き出せた平八が言うには、

 『コートってだけじゃあない、ポケットやバッグをこそ狙われてる。』

買い物帰りだ、財布を仕舞うところを見てのコトだろう、
それが収められた先のポケットやバッグを的確に狙って切っており、
されど、よほどに怖かったのか、被害届を出してない子もいるらしく。

 『そうなの、ひったくりの延長版なのね。』

しかもゲーム感覚なのが許せない。
刃物なんか向けられた少女らがどれほど怖い想いをしたか。
なのに連中はそれをネタに笑っているのだ、ひゃあだってよなんて おどけて真似て。

 『思い知らせてやらにゃあダメでしょう、これは。』

三人娘、ただし元おサムライ様たちが、うんと深々頷き合って固めた作戦が執り行われる。
ちょっぴり急ぎ足でたったかと例のお店のエリアへ駆け入ったひなげしさんが、
パン屋さんで売り切れ寸前だった評判の塩ロールと食パンを買い、
大人のそれのよな使い込まれた長財布を手にお勘定をする。

 「お母さんのだから大きくってぇ。」

それは愛らしくも “てへッvv”と微笑いつつ、
いかにも “お使いです、自分の財布じゃないです、
なので たんまり入ってます”というの、さりげなくアピールし、
朗らかに会計を済ませて出てくれば、

 【 ヘイさん、敵が食いついた。】

ガラス張りになってた店内を、
待ち合わせでもしているような素振りで外から眺めていた、
件の連中の仲間がいて。
そ奴がひなげしさんの様子をガン見していたの、
こちらは少し離れたところから七郎次がさりげなく観察しており。
スマホを取り出し、誰かに何か伝えているのを見やると、
ヘッドフォン型のオーディオツールに見せかけたインカムにて
これこれこうとひなげしさんへ連絡を取ってから、
彼女を待つことなく、問題の小道へ向かって先に歩き出す。
久蔵殿の姿もなく、どこかに伏せているようで。
まだ多少は余光が滲んで明るい空の下だが、
陽が落ちればそのまますぐさま暗くなるので、
出来れば早目に運べばいいなと、
冷たい風に揺すぶられてざわざわ賑やかな竹林の傍らを通り過ぎ、
駅まで連なる小道を進んでおれば、

 【 シチさん、竹やぶの傍に入ったよ。】

ひなげしさんの声がする。
あのショッピングエリアを繁盛させたいなら、
この道にもうちょっと街灯とか付けなきゃねぇと、
そう思わせるほど見通しは悪い。
もうちょっと行けば駅前通りに連なるからという見識の甘さが、
こんなややこしい事件を引き起こしているというに、

 “大事にならなきゃあ動けないもんなのかなぁ。”

こちらは動きやすいようにと、
ざっくりしたバルキーセーターにストレッチジーンズ、
スニーカー履きの足元を隠すよに、
ベンチコートを羽織ったその身をうずくまらせて待機しておれば、
見慣れた少女の姿が道なりにやって来るのが見えたが、

 「…。」

そのすぐ後から無灯火の自転車が随分な速さで追っている。
あっという間に距離は狭まり、

 「わっ。」

後ろから追い抜きざまに、彼女のこちらのトートバッグをどんと叩いたのも良く見えて。
衝撃があったことで接近に気づいたような順番だったせいか、
予想はしていたはずが、それでも驚きは少なくなく、ひゃあと妙な声が出てしまう。
バッグ相手だと遠慮しなかったのか、ざっくり切られた側面へ、
後ろにまたがってたもう一人が手を出して財布を引っこ抜く手際のよさよ。
どういう連携なんだかねと呆れた平八の様子を どう解釈したものか、
にやにや笑って眺めていた荷台の青年だったが、

「何だありゃ。」



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