ワケあり Extra 6

□節季の狭間に
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この冬はとうとう着なかった、
ダウンのジャケットや厚手ゆえにちょっと重い丈長なコートなど、
極寒用の重装備のアイテムを、
スヌードと共にクロゼット引っ掻き回して探したほど寒が戻った数日もあって。
この時期にはありがちな、振り幅がとんでもない三寒四温を堪能中。

 『本来は真冬の言い回しなんだがな。』

もともと中国で使われていた言い回しで、
当地では真冬にこういう日和があるので生まれた言い回し。
だが、日本では冬の終わりの今時分に多発するので、
春を前にして見られる目まぐるしい気候を差してこうと言っているのだと、
家庭教師も兼ねていた傍づきの専属医のお兄さんが教えてくれたんだったなぁと、
晴れ渡った空を眺めつつ思い返していたお嬢様。
庭木にもそろそろ新芽が見え始め、
サクラにも蕾が現れているのに気づいておいでで、
一見するとそういう些細なことには無関心そうな、
冷然として見える鋭角な美貌の令嬢なれど、

 「お嬢様、これはいかがいたしましょう。」
 「久蔵さま、これはもう出しておかれますか?」

彼女の私物へのお伺いを問うてくる家人のお姉さんたちへ、
頷いたりかぶりを振ったり、
穏やかそうにというか ともすりゃあいとけない所作で指示を出していて。
寒いわ強い風や雹も襲ったわという日を避けてのいいお天気を見計らい、
幾つかある蔵の一つを開いての備品整理中の三木さんチ。
何でもかんでも昔の暦通りにと縛るものじゃあない、
気候だって随分と違っているのだし、そこはこだわってないお家だが、
それでも春の行事には春を謳った着物やお道具も要りようだと
順次 模様替えやら衣装の入れ替えやらを手掛ける頃合いではあって。
とはいえ、日用品だけと限っても相当な品数なので、
少なかないがそれでも全体からすりゃあ1日で済ませられそうという、
主にお嬢さんのお道具の整理をとまずは手掛けていらっしゃり。
立ったり座ったりお忙しそうな家人の皆様の作業を見守り、
ほぼ女中頭にして家令夫人の判断で済むのではあるが、
私物への助言を述べたり
お転婆を発揮した名残のあれこれへ苦笑を醸したり(?)しておれば、

 「よお、虫干しか?」

リビングから庭先が見渡せるよう大きくとられた掃き出し窓から出て来たのだろ、
だがだが当家の人ではないお顔の登場で。
張りがあってちょっと低めの男性の声へ、
うねの細かいオフタートルニットとフレアスカートを合わせた可憐なシルエットも嫋やかな、
一見するとビスクドールのような品の良い佇まいでおられた金髪のお嬢様、

 「…。」

そんなお上品ないでたちも何のその、
一瞬のことながら、バサッとスカートをひるがえしたほど高々と足を上げ、
ひゅんッと後方旋回脚を繰り出す物騒さ。
馴染みがまだまだの新人のメイドさんがひぃと身を凍らせかけたものの、

 「大丈夫。慣れなさい。」
 「そうそう。あの方はお隣の坊ちゃまで、お嬢様とは幼馴染なの。」
 「あれはご挨拶だから、気にしないでスルーして。」

何だそりゃ。(笑)
ツッコミどころ満載な一幕で、続けて実況するならば、
間違いなく自分へと飛んできた回し蹴りを、
今日のところははっしと片手で受け止めた、
背中まで伸ばした髪を真っピンクという派手な色合いに染めておいでのお兄さん。
バレエで培ったバランス力があるのだ、掴んだままでも問題はなさそうだったが
さすがに人目があるのと、当家のお嬢さんへの無礼はよくないかと すぐにも手を離し、
物干し竿にスカート干し掛け中のような状態だったのは解消されたものの、

 「…。」
 「おう。回覧板持ってきたらおばさんが庭だって言ったもんでな。」

さすが幼馴染同士、こうまではしょっても通じる恐るべき簡略化されたやり取りで。
一応の傍注を補えば、

 「どのような段階を経てあなたはここにいるのでしょうか。」
 「はい、それはですね、
  町内情報を挟んだ回覧板をお持ちしたところ、
  貴女のご母堂が 貴方が庭先に居るので顔を出してってと仰せになったのへ従ったのですよ。」

お返事に対し、そうじゃなくてという顔にはならない辺り、
久蔵お嬢様の最初の三点リーダーをきちんと把握したということにもなる。
こちらへと向けられた視線や何やを総合してのこととはいえ、
あれを読み取って ちゃんと会話になってるところが幼馴染恐るべし。

 「虫干しか?」
 「…。(頷)」

のようなものだという意だろうお嬢様の頷きへ、
いやちょっと違いますがと、律儀にも突っ込みたくなった新米さんには、
丁度いいスルースキルの養成になってるやりとりで。
良く晴れて心地のいいお日和な中、広々とした芝草の上に運び出された長持ちやケースの数々は
久蔵一人の私物が主だとはいえ結構な数であり。
長持ちというものなのだろう、頑丈そうな作りの古いものが多いが
中にはイマドキの衣装ケースもあり。
軽やかな春物のお衣装が入ったものはそのまま屋内で確認するらしく、
メイドさんたちで手際よく運び込んでおり、それはままいいとして。
それも彼女の私物なの?と思うようなものも多々あって、
そこは個人の嗜好の問題というか、風変わりなお嬢様ならではなカラーもチラリ。
独りオリンピックかと問いたくなるような、
馬具からアーチェリー一式からテニスラケット各種、
スキー用品に新体操用の器具に個人用トランポリンなどなどと、
これでもかというほどの種類のスポーツ用品が数々あったり、
かと思えば、ようよう使いこなされた特殊警棒を収めた、
一見すると音楽のキーボードのケースみたいなかっちりしたトランクボックスがあったり。

 「…あれってあの格好で持ち出せるようにか?」

お嬢様の困った“活動”事情を知っておればこそだろう、
ちょっとぼかしつつの発言をする嘉史くんなのへ、

 「…。(頷)」

うんと素直に頷いているところは天然なんだろうけれど。
ちょっと待ってと、そこへは突っ込んだ方がよくないか、三木さんちの各々がたよ。
そんな蔵出しの荷の中に、おっと気を留めた弓野の坊ちゃん。
くすんだ素材なためうっすらと中身が透けて見えてる衣装ケースに収められてあったのが、
似たような仕様の、結構手の込んだ和装の人形たちで。

 「何だ、お雛様また出すのか?」
 「…っ#」

これはさすがに受け流せなんだか、綺麗な拳が振り上げられてぶんッと落とされたのを、
そうという反応も織り込み済みだったか、
そして男だからという余裕からか わざと頭に受け止める。

 「鍾馗だ。」
 「そうだな。
  でも、1ダースも揃ってるなんてお雛様の代わりに飾れるじゃん。」

既作『いらかの波とかしわ餅』で
男の子の名前だったことから誤解され、
初節句のお祝いだろう武者人形が七郎次さんチにどかどか届いた話をこぼした折、
久蔵さんチには鍾馗様が1ダース届いたという話が飛び出していたが、
その証拠がこのお髭のお人形の群れらしく。
ちなみに、こいのぼりも届いたのでと揚げていたことから、
こちらの本家へ親御と共に同居となったためやって来たばかりだったヨシチカ坊ちゃん、
歳の近い男の子がいると思ったら女の子だったことへがっかりし、
腹いせのようにやーいと囃し立てたら、
大変なところを蹴られた微笑ましいエピソードもあったりする間柄。

 「お内裏様に三人官女、五人囃子に右大臣と左大臣で、ほれ12人。」

上手いこと言っても、ここはさすがに ぽんと手を打ってる場合じゃあない。
この野郎めというしかめっ面のまま、

 「仕丁が足らぬ。」
 「そこはほら、向こうの箱の金太郎の博多人形で。」

微妙な受け答えしてる場合ですか、ヒサコ様。
何だかなぁと苦笑を抑え込むのが大変そうな気配がし、
おやや?と二人揃って振り返れば。
いつの間にやって来たものか、
この屋敷にいるときはお嬢様づきの運転手である丹羽の良親さんが
地味な仕立てに押さえた色合いのスーツ姿で立っておいでで、

 「失礼いたします。
  久蔵お嬢様そろそろお支度にかかられないと。」
 「……、…。(頷)」

そうそう。今日は3時から知人の奥方が主催のお茶会に招かれていたと思い出し、
着替えや支度をと思えば、そろそろお部屋に戻らねば。

 「またな、嘉史。」

会釈だけじゃなく、一応 名を呼んでの愛想は丁寧な挨拶のつもり。
見送れないがとそうとの声掛けをしたお嬢様だったのへ、

 “…そっかぁ、この坊ちゃんもヨシチカさんかぁ。”

ふとそこへ気づいた、丹羽良親さんだったりした、
春の初めの三木さんちからお送りいたしました。





   〜Fine〜  19.03.17.





 *なんかよく判らない一景ものです、すいません。
  ホントはひな祭りの直後くらいに書きたかったんですが、
  機会を逃してずるずると。

  もっと関係ない話ですが、
  「あのころも 緑の中」にて、
  モンブランをヒマラヤと言い間違える久蔵お嬢様ですが、
  実はシベリアというお菓子もあるそうな。
  ちょいと古い代物なので、
  そこまで行ったらヒサコ様幾つなんだとなるので控えましたが、
  カステラ生地の真ん中に餡子を挟んだ、結構贅沢品だったお菓子です。
  名前の由来は、冷蔵庫が各家庭にまで普及していなかった時代に
  餡子の部分がひんやりした食感で好まれたから、だとか。
  関西では見かけないけど美味しそうだなぁvv




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