ワケあり Extra 6

□初夏の夜の夢見は
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春もそろそろその名も霞んで、
大手を振っての初夏と呼ばれて相応しい頃合い。
海に近い町では潮風の香も強くなり、
学校の傍を通ればカルキの匂いがして来たり、
そうではない土地でも、目に鮮やかな青葉が春の花と入れ替わり、
目映くその存在感を増しつつあって。
そんな新緑にいや映える、
白い花々の誘いに乗ってか アゲハが舞うのがまた優雅。

「蚊も出てきましたよね。」
「虫よけスプレーにUVケア付いてるの探さないと。」
「……。(頷)」

窓に近い席にて、そよぎいる風に涼みつつ、
早く衣替えしてほしいなぁと、
汗に貼りつく額髪を気にしてか、
団扇代わりの下敷きをパタパタしている三華様がた。
こういう俗なこともやらかすというに、
やや遠巻きにしているクラスメートのお嬢様がたには、
華風の綺羅らかな軍配型の団扇や 平安朝の檜扇でも揺らめかせているように見えているらしく。
まさかに、蚊が出る頃合いだから痒いのは ヤだとか、
くうの毛が生え変わりの時期で嫌がるのを捕まえて風呂に入れるのが大変だとか、
ウチのイオもですよ なのに世話させなくって生意気ななんてな、
ひどく平凡な会話を交わしていようとは思うまい。

「あと、黒ご…」
「ヘイさん、それストップ。」

さすが苦手なものには敏感なのだろう、
ひなげしさんが飲食店ならではの心配事として口にしかかった一言へ、
皆まで言わせず遮った白百合さんであり。

 あ、ごめぇん
 うん、こっちこそごめん

悪気がないのは七郎次とて判っており、
そこまで至ってから、おおと納得の体で ぽんと手を打つ紅ばらさんが
決して鈍感なわけではないと思う人 手を上げて。(おいおい)

「っ、……。」
「え? あ、ほら久蔵殿 掻かない。」

いつの間にか刺されていたらしい肘近く、
いきなり長袖をめくって手を伸べたのへ、ありゃまあと白百合さんがやんわり捕まえ、
ひなげしさんがスティックタイプの軟膏をポーチから取り出して見せる。

 「知り合いの博士が調合した新薬ですよ。」
 「え〜、それって臨床済ませてあるの?」
 「はいな。私も協力してます。」

ならいいね、ヘイさんの もち肌に支障出てないなら大丈夫などと、
微妙に所帯臭いというかおじさんぽいというか、
ヲトメの話題とは思えないことまで飛び出しているから、
クラスメートのお嬢様がた、一回ちゃんと正体を見極めとけ。(笑)

「お庭広いと蚊も出やすいでしょうに、窓閉めなさいって言われない?」
「……。(…否)」
「あ、ちょっと間が空いた。実は言われてるな?」
「でも、ここんところ寝しなは暑かったりしますしねぇ。」

お元気な十代ならではの、寝苦しい夜のお話に沸くお嬢様がただが、
夜更かしや夜遊びの話は出ないところはお嬢様だからか、
それとも…鬼退治にと出かける晩をカモフラージュするべく
日頃は殊更いい子でいるからか。




     ◇◇


夜遊びは…しないわけではないけれど、(笑)
ちょっと特殊な天誅騒ぎに関わっていない限りは行儀のいいお嬢様がた、のはずが、

「お嬢様〜。」
「久蔵さま〜。」

早朝の閑静なお屋敷町だというに、
だからという遠慮を帯びちゃあいるが それでも誰ぞかへ呼び掛けるよな、
複数がかりな女性の声が庭の甲から聞こえており。
今日はこちらでのお務めか、
某ブライダルチェーンの御曹司、ということになっている丹羽良親さんが
載ってきた愛車から降り立ちつつ???と怪訝そうにそちらへ足を運ぶ。
一応非常勤の運転手という肩書だが、
その実、当主の麻呂さまから 万能執事として諸事全般の対処にあたることを任されてもおり。
当家には微妙に問題児な令嬢がおわすため、
揉め事(というかお転婆にもしゃしゃり出ちゃった天誅騒ぎ)の後処理や
怪我や技量以上の無茶がないよう 後見担当を任されており。(あまいあまい) 笑
そのお嬢様の名が聞こえたのへ、おややと素早く声を追ってしまったのなれど。

「? どしたんすか?」
「あ、良親さん。」

困ったようなお顔のメイドさんたちが数名ほど、
そろそろお終いな種もあろうバラやこれからが盛りの百合が見事な
裏庭のあちこちに出ておいでなのが見て取れて。
そんな彼女らの向こうでは大きく開け放たれた窓が一つ。
瀟洒な洋館風の母屋の1階、寝室の窓が鎧戸ごと開いており、
レースも豪奢な白いカーテンが時折さやさやと揺れている。
この情景の中でそんな光景を目撃したからには、何だか不穏なことを想起するところかもしれないが。

 「ヒサコ様のお部屋ですよねぇ。」

当家の総領娘は久蔵という男の子のような名。
別にそれを今更コンプレックスにしちゃあいないお嬢様だが、
その日その日で担当が違う運転手が外部でお声掛けをする折は、
警備上の安全も兼ね、ある種の暗号のようにして“ヒサコ”と呼ぶのが暗黙の了解となっており。
もうすっかりと家人の間でも顔が通っている良親さんがそうと訊いたのへ、
メイドさんたちもハイと心許ない様子で頷く。
よもや誘拐か?、はたまた不埒な輩がストーキングした挙句に襲撃したのか?と、
そっちへの恐れは想定なさってなさそうな皆様なのが、

 “……まあな、そうなるよなってのは判っちゃあいるが。”

いいのかそれでと良親さんでもふと感じた対応で。
花も見頃な16、7歳の、しかも美人と評判で、
日本屈指の財閥の総領娘でもある令嬢が寝室にいないというに、
すわ、不審者が連れ去ったのかにならないのは、おっとりとした家風だから…というよりも、

 「あのあの、護身棒も枕許にありませんでしたので。」
 「スリッパは残ってましたが、室内履きがありません。」

得物持参だし裸足じゃあない、ゆえに自発的に本人が出てったらしいとなる
お付きの皆様の慣れっぷりも問題じゃあなかろうか。

 “まあ、いつだったかゴロツキが庭へ乱入したのを
  冗談抜きに先頭切って駆けつけて一瞬で気絶したレベルで打ち据えたしなぁ。”

警備の方々が立場なしなことをやらかして、
そういう意味で叱られたヒサコ様だったそうで…。(う〜ん)
というわけで、迷子の迷子の久蔵さまというレベルの探しようなの続けておれば、

 「お〜い、三木さんちのお嬢さんならここにいんぞ。」

お隣の…丹羽氏と同じ名の坊ちゃんが来い来い来いと長い手を仰いでおいで。
それへはさすがにギョッとして、ありゃまあと皆してそちらへ駆け寄れば。
結構高い鉄格子みたいな柵の向こう、
三木さんちに負けず劣らず、
まだまだ新緑という段階で若葉の方が多かろう緑があれこれあふるる中、
母屋からは離れているところだが、お庭のアクセントというところか結構な大木が植えられており。
樹齢もあろう見事な古木の主の幹が分かれている辺り。
足元まであろう長さの寝間着を可愛らしく着込んで、
絵本に出ていそうな姫様の如く、大ぶりな枕持参ですうすう寝入っているお嬢さんの姿がある。
さすがに透ける素材のオーガンジーだのレースたっぷりだのといった
セクシーな代物じゃなくてよかったが、(視覚的にも虫刺されや夜風除けにも)
綿毛のような金の髪を枕に散らし、
陶磁のような色白な頬に木洩れ日揺らして熟睡なさっている様は、
見た目こそ麗しいけど、そこって他所んちですよな大問題。

「…えっとぉ。」
「ウチの正門まで回った方がいいだろうな。
 お隣同士だからこそってっちゃあ妙な言いようだが、
 通り抜け出来るよな戸口はねぇし。」

ですよねぇとメイドさんたちも納得し、
数人ほどが庭師の方を数名同行の上で大回りしてお迎えにと向かう様子。
それを見送った良親さんは、親切な坊ちゃんへの対応にと居残ったが、
あんたらも大変だなぁと同情的な苦笑をするばかりで、
別段不愉快そうではない模様。
お嬢さんを叩き起こさなかったのも不法侵入だぞと怒ってないのも、
どこかエキセントリックな彼女に慣れがあるせいだろうし、
そんなところも憎めぬと思っているらしく。

「この高さの柵を飛び越えてんだから、
 ここへ来たのは寝ぼけてじゃあないと思うんだが。」

寝苦しくって庭に出ただろうというところまでは想定内。
さすがに敷地の外にはいくまいとの見越しで探していただけに、
これは身内にもびっくりな仕儀で、

「あの、すみませんが これまでにもこういうことは…?」
「ねぇな。」

ちょいと伝法な口を利くのは生意気だからじゃあなく
ざっかけない気性だからだろう。
何より、楽しそうな笑顔に嘘はなさそうで、
大方 幼馴染がまたやらかしたのを、しょうがねぇなぁと苦笑しているというところらしい。

「くうが時々もぐり込んじゃああれへ登ってたのを 連れ戻しにって追っかけて来てたし、
 あいつ本人がサルみてぇにするする登ってたのも知ってたが、
 寝やすい木だって目ェ付けていようとは思ってなかったよ。」

 命綱もなしでよくも落っこちないよな
 しかも熟睡してっし。
 どういうバランス感覚してんだか。

弓野さんちの坊ちゃんはそういう方向で感心してなさるが、
良親さんにしてみれば、
この高さの、しかも手掛かり足がかりのない柵を
どこも汚さずの無傷で越えられるよになってたとはと、
そっちが意外で驚きが絶えない。
脚立もなく他にやれる奴はいなかろうから
警備会社には報告しねぇけど、兵庫さんには言っといたほうがいいぞと、
向こうさんも慣れたもの、にっかり笑ってそんな風に言ってくださる。
あああそれはそうですよねと、そっちこそ頭痛のタネだと思い起こし、
うわぁと顔をしかめた良親さんへ、
ピンクの髪した坊ちゃまの嘉史さん
やっぱり楽しそうにくつくつと笑って見せたそうである。




   〜Fine〜  19.05.23.





 *ラブレターの日になんて話を。(笑)
  というか、野宿もOKなご令嬢です。
  これもまたかつての記憶のなせる業か、野営も苦じゃないお侍様だったんで、
  問題ないないとか思ってそう。
  きっと白百合さんやひなげしさんも、蚊がどうこう言ってたくせに
  必要に迫られるほどでもない、寝苦しいな程度の理由で、
  平気で其処らで寝転びそうですよ。危機感 仕事しろ。(笑)




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