ワケあり Extra 6

□春は間近に
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立春を過ぎてから いきなり思い出したような厳寒が襲い、
閑古鳥が鳴いていたあちこちのスキー場が降雪に恵まれて
随分と遅ればせながらオープンしたとニュースで報じられていたこの冬は、
ここ数年の夏の酷暑がそのまま延長戦になったかのような暖冬で。

 そういや分厚いコートやマフラーはまだ出してないですよね。
 さすがに手套は嵌めるけど、あっちこっちでよく忘れかかるんだなぁ。
 ………。(頷、頷)

某女学園でも短い三学期の真ん中あたり。
受験生の上級生には本番到来で緊張感の和らぐことない微妙な頃合いだが、
そういった事案にはまだ間のある在校生にしてみれば。
お忙しいお姉様がたの奮闘をお祈りしつつ、
早い目に期末試験が終わってののちはお昼までという短い授業日程が続く
何とも宙ぶらりんな学期でもあって。
下級生らへ引継ぎをした部活も
校内であまり騒いでは三年生のお勉強に支障が出るとのことから休止となるところが多く。
春休みに新人戦でもない限り、早くお帰りなさいと追い立てられてしまう。

 『春高バレーとかね。』
 『いやいや、それって1月だから。』
 『え? そうなの? 春の大会って銘打ってるのに?』

すいません、あんまり詳しくありません。ハイ〇ューはアニメでしか知りません。
各県代表決定戦は9月ごろですってね。インターハイ終わったらすぐじゃないの。
まま予選がそうなるのはしょうがないとして、本大会は春じゃないんだそうで。
受験に真っ向から重なってるんじゃあ、成程3年生は諦めるしかないのね。
なのに予選を頑張って代表になった澤村くんたち凄いなぁ…。(おいおい)
ちなみに、高校野球の場合、本大会って3月中だから “3年生”は厳密にはまだ2年生だ。
3年生は卒業式が済んでるなら 微妙に“在校生ではない扱い”なのかな?

 とか何とかいう余談はともかく。(まったくだ)

泣く子も黙るという言い方は比喩がおかしいが、天下無敵だともっとおかしい、
でも、何とはなくそういう肩書がついておいいのかもと思える原因の、(笑)
我らが三華様がたの通う女学園も、
期末考査が終わっての春休みはまだかいなというのんびりモードシーズンに突入し。

 「私たちはのんびりしておりますが。」

そうだね、三年のお姉さま方は緊張しておいででしょうね。
付属の短大へ進む人ばっかじゃないらしいし。

 「それもありますが。」
 「暇を持て余して遊び場の開拓に伸してくる、他所からの不心得者もおりますので。」

おや。
そういや、女学園とその周縁はお屋敷町じゃああるけれど、
決して交通の便が悪いわけじゃあなく、
幹線道路を乗り継げば 近隣の学区からだって足を延ばしやすい立地。
大人しい子羊しかいなかろと思われているものか、
その割にガッチガチの警備員が通りにまで立ってるわけでなし、
突々けば小遣い漁りまくりかもなんて、頭の悪いお馬鹿どもが様子見にと伸してくる頃合いでもあって。

 「十六になって原付の免許取れますしね。」
 「あらでも新一年生は まだお誕生日前って子が多いんじゃあ。」

四月に入ってからなら四月生まれが先頭切って取得可能かもだが、
それでも春休みにデビューは難しかろうから、上の年の子に誘われてのタンデムか。
春休みの無聊をかこった末のこと、
夜更けにバリバリとうるさいツーリングにしゃれ込む近所迷惑が出るのもこの時期だ。

 「そもそも原付の二人乗りって違反ですけどね。」
 「そんなもん知るかってバカは後を絶ちませんよ。」

あまり小さい子は居ない土地柄なのか、冬の日差しが照らす児童公園に人影は少ない。
もうちょっとしたら祖父祖母の家へと遠くから帰省してくる顔ぶれが出て来ますけどもねなんて、
お暢気な会話を交わしておいでなのは、
つややかな金の髪を今日はカチューシャでまとめた白百合様こと七郎次と、
やや赤いの強い髪を甘く陽に照らしたひなげし様こと平八の二人。
授業は午前のみだったのだが依然として学園近くに足を止めており、
ただ、制服はさすがに着替えておいでで。
平八が下宿中の八百萬屋にてお昼を頂いてのさて…とこんな寂れた辺りに出てきておいで。
というのが、

 「お、来た来た。」
 「何であんな五月蠅い改造するんでしょうね。」

風の中にバリバリバリと、
割れ鐘でもまだ聞き易かろう、迷惑千万な甲高い炸裂音を撒き散らかして、
二人乗りの原付が直線道路をやってくる。
イマドキではあるし道交法を守ってのことなんだろが、
それでもマスクにヘルメットという装備がどこの過激派かという印象しか沸かぬクチ、
ダメージジーンズにスカジャン、足元はスニーカーという、
いかにも高校生くらいの少年らがまたがっており。

「あの爆音で近づかれちゃあ逃げるのが当たり前だっつの。」
「それを、自分たちの威容だと思ってるようじゃあねぇ。」

モッズコートにくるまれた小さな肩をすくめたひなげしさんだが、
その視線は彼らの上ではなく、その先のT字路の突き当りに向いており。
そこには横合いからすたすたと出てきた一人の少女。
左右のどちらかへと曲がるしかない突き当たりからやや手前まで出てきたところで立ち止まり、
すっくと背条を伸ばす姿は、華奢痩躯な乙女の健気なそれにしか見えぬかもしれないが。

 「気配消すのが相変わらずに完璧ですね。」
 「本当に。立て看板でももうちょっと自己主張しますもの。」

そりゃあ見てもらうのが目的ですからねと、場外から突っ込んだのさえ塗りつぶし、
誰か何か追い回す対象は無いか無いかという
いかにもな “よそ見わき見”でやってきたバイクが、
真正面に立っていた少女に随分と遅いめに気が付いた。
決して地味じゃあない、むしろそれは麗しの美少女で、
ふわふわと綿あめのように軽やかな金色のくせっ毛にグレーのイヤーマフをし、
臙脂色のAラインコートはフェミニンなデザインながら
前を開けてのミニスカートとウェストカットのベストが覗くのが活動的で。
何より、利き手の特殊警棒をシャコンと振って伸ばしての仁王立ちというから、勇ましいったらありゃしない。

 「わっ、何だありゃ!」
 「ちょ、除けろよっ、邪魔だっ!」

擦れ違えないほど狭い道幅じゃあなかったが、きょろきょろと二人ともがよそ見をしていたこともあり、
状況を把握し、ハッとしたときはもう遅い。
突然の危機に狼狽したこともあって、ハンドルを落ち着きなく左右へ揺さぶりながら、
どけよ邪魔だと罵声を浴びせてがなるものの、

 「……。」

やや伸びてきた前髪が目許に軽くかぶさった、
それでもその美貌を邪魔しない、玲瓏透徹、それは綺羅らかな十代だろうお嬢さん。
怯えて身体が動かないのではなく、泰然として微動だにしない態度は、
その鋭い仰視でバイクでさえ止めてしまわんという勢いであり。
これまでは蜘蛛の子散らすように慌てふためいて逃げ回る様しか知らなんだのだろう若造二人、
ちいとも動かぬお嬢様からの剛いガンつけに恐れをなし、
堪らずハンドルを強引に切ったため、

 「わっ!」
 「うわぁっ。」

バランスが乱れたバイクがふらついて、
曲がった方の左側、生け垣の上へと軟着陸してしまう。
一方で、立ち塞がってた紅ばらさんはというと、
じっと見据えていた相手が先に避けたので結局動かぬままでおり、

「人は左に曲がりやすいってのは本当でしたね。」
「ちょっと賭けでしたが、大当たりでしたね。」

人の心臓が左側だからとか諸説乱立だそうですが、
運動場のトラックが反時計回りなのも そういう説かららしいですし、
スーパーマーケットの順路もそう回るよう設計されているところが多いとか。
でもでも絶対というわけじゃあないのはひなげしさんとて判っていたので、

 「一応 久蔵殿にも左へ避けてと言っておいたんですが。」

びくとも動かなかったのが相変わらず頑固だなぁと、
しょっぱそうな顔になった平八へ、
七郎次もちょっぴり困ったもんだという顔をして、さてと植え込みに突っ込んだ狼藉者らの回収に入る。
一応の用心に自分の得物のステンレスポールを短いまま片手に提げて、
トトトッと小走りに引っ繰り返っている二人の傍らまで歩み寄り、

 「お二人とも、どっか痛いところありますか?
  あ、この通りってそこのカーブミラーと向こうの自販機の上に防犯カメラ付いてるから。
  お巡りさんに出鱈目言っても通じないよ?」

ツンツンとポールの先で肩やら脚やら突いてみて、があっと噛みつく反射もないらしいのを良しとして、
スマホを取り出すとまずはと救急車を召喚。
その傍らでは、ひなげしさんが警察への通報をしており、

 「久蔵殿がこの手のチキンレースで負け知らずなのご存知ないなんてもぐりですね。」

 「チキンレースって…。」
 「はい?」

不意に、覚えのない方向からの声がして、ありゃりゃ?とそちらを向いた三人娘の視野へ、
重たそうな足を引き、肩を落として出て来たのが、

 「おや、佐伯さんじゃないですか。」
 「見回りですか、ご苦労様です。」

 「こんな巡回、したくはないですよ。」

警視庁勤務なのに、何でか所轄の住宅街へ時々自主的に足を運んでおいでの
佐伯征樹巡査部長さんであり。

 いやぁ、ここいらでひったくりや何ややらかす奴が
 常習犯になったなんて話をまず聞かない。
 せいぜい2,3件ほどやらかして、
 無防備なところだと安堵した途端くらいに貴女がたがとっ捕まえますものねぇ。

それ以上は言うに及ばず。
何しろ今の今、何が起きるのかを目撃したばかり。
若しかせずとも危険行為で、下手を打てば刑事罰に至りかねない所業だというに、

 「今日の善き日に女の子が大事そうに抱えてる袋をひったくるとは言語道断。」

聖バレンタインデーですものねと、
先まで訊くまいとばかりに佐伯刑事ががぁっくりと項垂れたのはともかく。

 「それはさておき、
  林田さん、その二輪、もしかして届けてないでしょう?」

さっきからベンチ代わりにしてシートに凭れていた彼女の愛車へ
チロリンと目をやったところは、さすが敏腕刑事殿。

「あら、免許は持ってますよ?」
「じゃあなくて、車というかバイクというかの方ですが。」

最寄りの署からだろう、まずはの救急車が近づきつつあるらしいサイレンの音がするのを聴きながら、
珍しい顔と顔とでの職質もどきが始まって。

「え〜? エンジンじゃないですよ? モーターですよ?
 免許なしで乗れる電動機付自転車や 電動車椅子みたいなもんですって。」
「時速60キロ出るのは ナンバープレート付けてバックミラーつけた上で
 しかるべきところに届けなきゃ公道走らせちゃダメです。」

そこまでのスピードは出してませんてば。
いやいや、それこそNシステムで確認取れますよ?
あ〜、官憲横暴! 先進機器で裏を取るなんて狡い。
相手の了承なしのそういう電子記録は盗聴盗撮にあたるから証拠にならないんじゃあ?

 「…シチちゃんまで加勢しない。」
 「それより、救急車来ましたよ。
  大人が居合わせてんですから説明してくださいよ、この状況。」

ちゃっかりと “子供だから判んない〜”を決め込むところまで、
佐伯さんには毎回々々面倒臭い運びになる後始末であり。
あああ、今年もこういうお付き合いが続くのかと、
大きに頭を抱えたくなった島田警部補付きの腹心殿だったりする。


   〜Fine〜  20.02.15.





 *今年はうるう年だから聖バレンタインデーは金曜だけどホワイトデーは土曜なんだよね。
  此処で甲斐性のあるなしが試されるぞ男子たち。
  それはともかく。
  そのバレンタインデーにUPしたかったんですが、
  バタバタしたもんで間に合いませんでした。
  相変わらずに大暴れしないと収まらない三華様たちなようです。
  勘兵衛さまに丸投げされてるのかな、佐伯さん。
  微妙に地位濫用だから、そろそろ断っていいと思うぞ?(笑)





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