ワケあり Extra 6

□因縁の VS
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早く来い来いと待ち遠しい人の気持ちを弄ぶように、
行ったり来たりを繰り返した春への導入部も昨今はずんと短くなって。
冬自体が暖かだったこともあってか、今年の桜はずんと早くに開花が予想され、
三月半ばにはもうほころんでいたものが、急に暖かくなった都市のこれも恒例か、
とんでもない寒の戻りが襲い、梅どころか桜に降りかかる雪まで降った関東だったりし。

 「それが収まって、
  どんどん暖かくどころか
  もはや初夏を飛び越えて台風まで接近しかねぬというのに まあまあ。」

いよいよと季節は溌剌と汗っかきな方へ向かいつつあり、
お天気がいい日なぞ、紫外線たっぷりだろう日差しの攻撃も結構な代物、
緑の木陰をすり抜けてきた風の涼しさに ほっとするほど。
長閑なお花見日和がいつの間にか去ってゆき、
帽子や日傘を見繕わないといけない頃合いになってきたとある昼下がり、

 「……。」

駅前や繁華街が初夏を謳うディスプレイに飾られつつあり、
新緑のみずみずしさが目に優しくも溌剌感おびただしくて。
夏休みはどうしましょうか、海も良いけど高原でのんびりしたいなぁなんて、
一足先のバカンスの話などに沸いていたはずが、

 「一体何が不快だったというのだ?お主。」

いい方向で歳を重ねた、重厚さも兼ね備えた壮年殿が、
ややいかめしい建物の前で、精悍そうな背条を弓なりに反らし、すらりと立っている。
書家でもあろうかと思えるような、背まで掛かろう長さに伸ばした蓬髪の御仁、
どこか殺風景な背景だというに妙に似合うのは
前世が前世だからだと居合わせた顔ぶれには刷り込み済みであったからか。
長閑な公園で乱暴な揉めようもなかろうと、やや奥まった辺りへ引いたのではあるが、
それでも公の土地には違いなく、通りすがる人があっては迷惑が掛かりかねぬと、
周囲を見回すのは同行していた七郎次や平八、佐伯刑事という顔馴染みの皆様で。

 「…っ。」

そんな周囲の気遣いにも加わらず、きりきりと眉尻釣り上げていた華奢痩躯なお嬢さんが、
若草色のカーディガンの背へと手を回すと、
掴み出したのは棒状の何かで、鈍い銀色の光がするりとその輪郭を舐めた。

 「あ。」
 「ちょっと久蔵殿、何でそんなものを。」

珍しく、一般人の休日に休みが取れたという、白百合さんの慕う“愛しの君”こと おヒゲの壮年殿。
午後からの休みだというので午前中はカフェのテラス席にて
人目を引きまくりの麗しいお嬢様がた3人娘で過ごした後、
待ち合わせているという場所までを同行したのだが、
その待ち合わせの場で何がどう拗れたか、
普段の寡黙とは質の違う無言の雰囲気を、猫のしっぽの如くにぶわりと膨らませた紅ばらの君。
それを向けられていた蓬髪に顎ヒゲもなかなかに雰囲気のある屈強な壮年の男性はといえば、
特に何といって煽るような物言いもなかったのだが、
そこは普段からも何かしら気にくわぬ奴と思うところがあってのことか。
チリチリとした怒気を向けつつ、相手の歩みに合わせて公園の奥まりまでを付いてったものの、
もはや待てはしないということか、そのような物騒な代物を手にするお怒りよう。
若者らがすっかりと夏の装いでいる中に、
上着こそ脱いではいたがそれでもベストにトラウザータイプのズボンという
何処か堅苦しいいでたちをした、まるで引率の教師のような彼へ。
何が不満か、いつの間にやら険しいお顔になった金髪綿毛のお嬢さん。
そんなことを“日頃”にしちゃあいけないが、
日頃使いの得物であるスライド式の特殊警棒を掴み出しての身構えると、
慣れた手つきで振り切って刀身をシャコンと伸ばしつつ、
それはなめらかな動作でぐんっとしなやかな足を折り込み、
ほんの一瞬でバネをため、
それと把握したころにはもうその身が宙へ飛び出しており。

 「は、速いっ。」

人の目というのはよく出来ている。
年齢や経験値にもよるけれど、ずぶの素人でも結構な速さの動きを捉えることが出来、
それへの対処という動きは出来ねど、目で追うだけなら案外とこなせるもの。
なので、

 「久蔵殿っ。」
 「勘兵衛さま、危ないっ。」

実は御庭番だと言っても通用しそうな それは惚れ惚れするよなフォームにて、
大きな跳躍で標的へと飛びかかりつつ、腕を振りかぶって得物を振り抜こうとしている、
金髪美麗なお嬢様の大胆不敵な攻撃の様、
居合わせた顔ぶれ全員がきっちりと把握できており。
だがだが、いかんせん、最も俊敏な紅ばらさんの瞬発力に誰も適うはずもなく、
そのままでは的としても大柄な警部補殿、
振り向かれんとしている警棒で強かにぶたれてしまおうと思われたのだが、

 「…っ!」
 「おっと。」

さほど大仰な動作ではなくのほんの身じろぎのようなもの、
サッと身を反らしただけで、刃物もかくやというような鋭い一線からその身を避けてのやり過ごし、
それどころか、勢いがついたまま何もない虚空へ突っ込みかかった久蔵の
胴辺りへ腕を差し渡し、たたらを踏まぬよう受け止めている。
勿論のこと、その手に握られていた警棒は勢いを殺すこともなくぶんっと振られており、
空振ったはずのその切っ先が ガツンと何かに当たったような衝撃音を放つ。
だがだが、本来の目当てであった壮年殿はその攻撃範囲からは微妙にその身を躱しておいでで、
横抱きにされる格好で相手の懐へ引き込まれた久蔵の腕は宙を切ったはずなのだが、
はて、何に当たったのかいなと皆様が見やった先には、
やや錆の浮いた鋼鉄の扉が、その枠である縁どりと中身ごと控えておいで。
古びてはいるが自然崩壊を待っているばかりな廃棄施設なんかじゃない、
どうやら現役で使用中らしい微妙ロートルな倉庫が1基。
突っ込んできた相手の勢いを流そうと後ずさったことから、
芝生の敷かれた植え込みへ踏み込んでいた勘兵衛だったようで。
それでそんな思いもよらぬものへ警棒がガッツンと衝突してしまったものと思われる。
公園の管理のための例えば清掃用具や催し物用の天幕や器具、
はたまた災害時のための備蓄などなどが収められているものか、
緑あふるる木立の隙間に こそりと息をひそめるように佇んでおり。
人目に触れない場所にあったのは、まま四阿(あずまや)などではないのだから判らんでもないが、

 「何か、中途半端な作りですよね。」
 「そうですね。扉の大きさと建蔽率が合ってないというか。」

扉が二間ほどもあるのに、それを顔としている建物自体は簡易トイレほどあるかどうか。
何ともアンバランスで、むしろビルの屋上などに据えられた階段口のように見えなくもない。
……と、七郎次や平八がわざとらしい声を交わしつつ小首を傾げていたのもつかの間、

 ぎちり、と

鋼鉄の引き戸型の合わせ扉が、何かしらの圧迫に襲われたような軋みを立てる。
言わずもがな、紅ばらさんが叩きつけた警棒による一閃がもたらした打撃の効用。
ずんと古びていたからというよりも、どうやら超振動をまとわせていたらしく、
無機物には衝撃波となって襲い掛かるおっかない一撃により、
鋼の頑丈な扉はだが、分子構造を揺さぶられたか、
ぺきぴきという硬質破壊音を響かせると、

 「……。」

一番間近に居た久蔵が今度はちょんと警棒の先でつついたのへあえなく降参し、
ホロホロぼろぼろと粉砕されつつ崩れ去ってゆくから恐ろしい。

 そしてそして

内側に居合わせ、唐突で異様なこの気配へ気づいた作業服姿の男が、
“んん?”と怪訝そうな顔になって扉が崩れ去った戸口まで出て来たものだから、

 「あらまあ。人がいらしたようですよ。」
 「え?え? まさか住まいだったのでしょうか。」

ホームレスの方かしら、それにしては結構しっかりしたお召し物を着てらっしゃるけれどと。
そろそろお気づきですねの、何とも白々しい会話を続ける七郎次と平八のやや後背にて、

 “こういう段取りだってのは訊いてなかったけれど。”

自分はまだ頭が堅いので、芝居がかって見えて不自然な振る舞いをしかねないとでも思われたか、
いやいや、一般人のお嬢さんたちには言っとかないと、
何かアクシデントが挟まった場合に逃げさせることかなわずだからだろうさなんて、
ここまでの運びというか段取りというか、半分も聞いてはなかったらしいため、
そのような扱いへと自己完結をしてしまう佐伯刑事さんだったりし。…相変わらず苦労が絶えんね。
そうこうしている間にも、

 ガツン、めきめきガララ・どさん、と

それはもう重々しい破壊音を砂埃もうもうと舞い上げて、
重々しい扉は呆気ないほどあっさりと崩れ去り、その縁どりとなってたやはり鋼の枠がよじれて倒れ込む。

 「相変わらず乱暴だの。」
 「……っ。」

うるさいな、見かけ通りに古かったから脆かっただけじゃないかとでも言いたいか。
懐から見上げてくるお嬢さんなのと睨めっこになったのもいっとき。

「勘兵衛さま、いつまで久蔵殿を抱っこしておりますの?」
「手を離したら突撃しかねないからじゃあないでしょか。」
「林田さん、そんな物騒なことを…。」

どうやら最初から、この倉庫に見せかけた建物が目当てだったらしい立ち合いもどきであり、
こ奴め〜と殴り掛かった対象に横抱きにされておいでの金髪のご令嬢と、
難なく抱えたままでいる頼もしすぎる壮年殿の図は、ともすれば一幅の絵のようでもあって。

 やだぁ、こんな古い扉だったなんて知らなかったもの、
 私みたいな女の子が棒で叩いただけで壊れちゃうだなんて思わないしぃ、と

「…なんていう演技まで要るようだったなら、私かシチさんが請け負っても良かったんですが。」
「判ってますよぉ。超振動が必要だったんでしょう?」

べ、別に久蔵殿へ嫉妬なんてしてないんだから、
どう見たってラグビーのタックルもどきの受け止めようだしと、
何やら言い訳重ねる白百合さんの言いようをどう受け取ったものなやら、

 「……。」

錠前の部分を抉るつもりでチョイと撫でただけだと、
その蹴った凶器である特殊警棒をひゅんッという風鳴りも勇ましく振って見せたのだが、
それが威嚇にでも見えたのか、
扉を失った倉庫もどきの戸口に姿を現して、唖然と突っ立っていた作業員風の男衆。

 「な…。」
 「誰だ。」

呆然としている彼に気付いたものか、内部から別の存在が幾たりか声を掛けつつ寄ってくる。
此処への真っ当な来訪者なら、こうまでの力技で訪のうたりはせぬのだろう。(当たり前)
あまりの突拍子のなさに唖然とし、ついつい何者かという誰何をしかかった作業員たちだったが、
ハッとするとそれぞれに身構え、早く警報を鳴らせと警戒態勢に入る。

「やっちまえっ。」
「叩きのめせっ!」

一体何者なのかは取っ捕まえてから訊けばいいと、
徒に恐慌状態にならず冷静な対処へ移行する辺り、結構ちゃんと組織だった連中であるようで。
手に手に鉄パイプを構えての、排斥せんと向かって来ようという態度がいかにも好戦的な輩どもであり。

「で? このまま殲滅でしょうか?」
「馬鹿を申せ。おぬしらはとっとと避難だ。」

警部補殿の窘めへ、途端に え〜〜〜っと非難めいた声を出すところが順番がおかしいと、
佐伯刑事がしょっぱそうな顔になりながらも、
スマホよりいかつい短波通信機にて何処やらへの指示を出す会話を始めており。

「…ああ、予定どおりに突入してくれ。
 我々の部隊はたまたまご近所の広場で警護の演習をしようと向かっていたまでなのだからな。」

倉庫に見せかけてあった外観は単なる出入口であり、そこから階段があって地下に秘かに空間がある。
そこに身を潜めて何やら怪しい活動をしている輩どもが居たようで。

「はぁいそこまで。
 おっと、そこのお兄さんたちも、動いちゃダメだよ?」

レシーバーを仕舞うと同じ懐から手帳型の警察バッジを掴み出し、
自分らの素性を一応は知ろ示す。それだけで抵抗しなくなるとは思ってないが、

「自販機の裏に何か磁気カードを張り付けていますね。」
「うわ、手のひらが入るのギリギリな隙間なのによく貼れたなぁ。」

ひなげしさんがどこから取り出したかタブレット端末を起動させ、
液晶画面へ呼び出したのはちょっと離れたところにあった公衆電話のスキャン画像らしく。
取り引き用の符丁か何かでしょうかね?
アタシたちはそっちを片づけに行きますかと歩み出すのを佐伯さんが慌てて追っていたりする。

「どうせなら勘兵衛さまへ突っかかる役もアタシがやりたかったところですのに。」
「あー、でもそれは無理でしょう。」
「……。(頷)」
「え〜?」

だって、シチさんがどれほど島田警部補ラブかなんて部署の方々に知られすぎてますのに。
だ、だったらどうなんですよぉ。///////
だからぁ。

 「邪魔してはいかんと、島田ごと部外者扱いになっていたやも。」
 「そうそう。」
 「何でこういうときだけ饒舌ですか、久蔵殿っ。//////」

照れ隠しに叩く真似をするお嬢さんたちのじゃれようへ、
やあ微笑ましいことよとほのぼのしちゃう後発隊の皆様に、
どうせなら全容を教えたくなる、相変わらず苦労が絶えない佐伯さんだったりするのであった。


   〜Fine〜  20.05.25.





 *コロナウィルスの話をどう扱おうかと考えたのですが、
  巣ごもりのお話を書くにしても、触れないではおれないし。
  どうしたものかと考えた末、この騒動はない年だったってことで。
  そして、久々の勘兵衛さまご登場ですが、
  久蔵殿をあっさりいなす余裕が憎たらしいと紅バラ様からはますますと嫌われそうです。
  いいのか、警部補殿。(笑)





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