ワケあり Extra 6

□月峨の娘
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今年も雪やらみぞれやら降る日は降ったが
結果としてはどちらかといや暖冬だったよな、
そんな日本の冬がそろそろ立ち去る気配を見せつつある弥生のころ。
例年よりもかなり早い桜の便りもあちこちから聞こえるものの、
そちらはなかなか立ち去らぬ疫病のせいで、
宴を設けるのは自粛という要請があちこちから聞こえて来てもおり。
昨年の春からのこの事態、成人式も卒業式もなしとなるもの已む無しかと、
当該世代の皆様はがっかりしつつも唯々諾々としたがう様子。

 「………。」

春も間近とはいえ、まだまだ月に霞が掛かるではなく。
明かりを小さめのフットライトのみにした室内は、
カーテンを引いてはない窓から差し入る冴えた月光をのみ受け入れて、
しんとした静寂に満ちており。
板張りのフロアの中ほどに、膝を揃えて座す人影が、
その傍らにと添わせるように置いていた、細くも長い得物を鞘ごと手に取ると、
膝の上へと水平に構え、胸元までの高さに持ち上げて。
両の拳を合わせる格好で握っていた鞘と柄、
静かに左右の各々へ、割り開くようにして抜き放つ。
小ぶりの白い手の狭間からするするとその本身を現したのは、
白銀の冷たい光に濡れる、鋼の大太刀の打ち刃の姿。
そこから冴えた光がほとばしるような輝きを保つ、
結構な逸品でもあるようで。

 「……。」

それを淡とした視線で眺めやるのは、
まだ十代くらいだろう無垢な風貌の幼い少女。
夜陰に何もかも霞んで埋もれそうな暗がりの中、
聡明そうな双眸や白い頬、すんなりと通った鼻条が紛れもしないで浮かんでおり。
どこかその年齢にはそぐわぬ冷ややかな眼差しが、
刀身の鋭い存在感に相対している様相は、
どこか人の世界のそれではないような空気を帯びており。

 「……。」

不意に、意を濃く増して刃紋を睨むような表情になった途端、
まだ成人にもならぬ身の少女が孕むには桁の違う
随分と威容のこもった迫力があって冴え冴えと恐ろしく。
手馴れた所作で、すらりと刀身を抜き放ったそのまま、
ぎちりと密に糸の巻かれた柄を握り、垂直に立てた太刀を見やる表情は
鬼神の迫力や圧をも思わせる存在感を漂わせ。
そのままその太刀をたずさえて、いずこかの戦場へ赴く気概さえ滲ませており。




 「…で。
  予餞会ではそのような大刀振るうような、
  物騒な演目でも披露するのか?」

 「…っ。」

ぽそりと抛られた一言に、
素人さんにはそうは見えぬかも知れぬが
白百合さんがおれば “あらあら”と吹きだしたほどのありありと
ぎくりと肩を震わせた紅ばらさんだったりし。

 「リモートで。」
 「は?」

密を避けるため、皆様で集まるような催しはまだ無理。
なので、ネットを通して開催される何かしらがあるとかどうとか、
彼女なりに誤魔化したいらしい久蔵殿だったのへ。
そんなはずがなかろうと、
それでなくとも鋭角な目許を釣り上げた兵庫さん。
ついでにぱちりと部屋の照明を灯せば、
アップライトピアノの上に置かれた、鶏を追う少女の人形付きの置時計は
まだ20時を回ったばかりな時刻を差しており。
それほど深夜でもなかったが、
この紅ばらさんには夜更けに当たろう時間だったのやもしれず。
そんな頃合いに、何かしら怪しいことを構えてござったヒサコさまもヒサコさまなら、
それをお見事に嗅ぎつけて、何のつもりかと問いただす主治医のお兄様も大した呼吸。

 「シチや米が相手だから大丈夫。」
 「何がどう“大丈夫”なのかな?」

真剣本身を振るっても、相手も練達だから怪我はしないとか、
そういう物騒な話なら却下だぞと。
物騒なんだか微笑ましいんだか、
日本の財界でも屈指の大富豪のお嬢様ともなると、その所業や嗜好も一味違うなぁなんて、
メイドの皆様がとりあえずは安堵しつつ微笑っておいでの、
相も変わらず 何か変なお屋敷でございます。



   〜Fine〜  21.03.17.





 *ちょっと久々に、女子高生の皆様の今を覗いてみました。
  緊急事態宣言下だということを匂わせると、
  お別れの時期ならではな あれもこれも書きにくいネタなので。
  それでどうしたもんかとこねくってたら、
  こんなん出来ました。(何なんだそりゃ・笑)
  永遠の高校2年生なお嬢様たちはともかく、
  中学でも高校でも3年生だった皆さんには
  本当に異例なことがいろいろありすぎ、我慢しまくりな一年だったんだろうなぁ。





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