千紫万紅、柳緑花紅

□二の章 神無の冬 A
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二の章 神無の冬 A

 冬隣り






 ―― 菊千代殿が見つからない?


『困ったお人ですねぇ。隠れんぼごときへそんなに張り切ってどうしますか、大人げないったら。…ああいや、そうですね。真剣な勝負ごとなのですね。言葉が過ぎました、すみませんです。よ〜し、それじゃあ失礼を言ったお詫びと言っちゃあなんですが、いいものを貸して差し上げましょう。といっても、そっか、探す相手の何か痕跡があらかじめ手元にないといけないんだった。これじゃあ本末転倒ですよね、困ったなぁ。ままいっか、今回は微調整をしながらということで。試運転といきましょう。』

 弩作りに忙しい最中を縫っての、大急ぎでの御飯の途中だった平八さんは、なのにニコニコと途中で立ち上がってくれて。お道具箱の中からコマチに、火掻き棒みたいな菜箸みたいな、一対になった鉄の棒を2本と、それに針金でつながっている小さな小箱とを出してくれて。

『いいですか? これはこうやって持って使います。ああ、コマチ殿ではお手々が小さいから小箱までは一緒に持てませんね。ちょっと待って下さいね、このベルトをくっつけてから手首に巻いてっと…これで落ちませんね。』

 機械いじりが好きな平八さんは、玩具みたいな からくりものとかも上手に作れて。これもそれみたいなものかと思ったら、

『残念でした。これはもっと大変な装置なんですよ?』

 これは、野伏せりの兎跳兎やミミズク、ヤカンといった、機巧の侍が“斥候”っていうのでそこいらに潜んでいないかを探るのに使う、探査機の試作品なのだそうで。二本の棒の端を軽く握って胸の前へ水平に、お互いは平行になるようにかざしながらそぉっと歩いてみて反応を見る。

『一応の、機巧一般の出す波長をデータに入れてありますから。それが菊千代であろうとなかろうと、侍とされる機械ものは引っ掛かるって案配になっておりますが。』

 今はまだ、敵の野伏せりは侵入してはいないはず。ということは、村中でこれへと反応するのは菊千代ひとり…という理屈になる。斯して、竹やぶの奥まったところに手製の薮もどきをかぶって潜んでおった、大人げないお侍さんを見事発見した功を、小さなお嬢さんから感謝された平八殿。相変わらずのえびす顔を殊更にほころばせ、

『後々のため、菊千代のデータを除外対象として入れておきましょうね。』
『何だと、このやろーっ。』

 自分の大人げない所業を棚に上げ、人を探すのにそんなネズミ捕りみたいなの二度と使うんじゃねぇと、蒸気を噴いて怒りまくった機巧侍の彼は、だけれどこんな形でその探査機を再び使われることとなっており、

 「…おっちゃま。」

 今日で3日目、それでもコマチは諦めず。砂塵を撒きながら荒野を渡り来た乾いた風と、それから、いまだ燃え続ける都の残骸たちが吹き上げる炎から立ちのぼる、油臭い熱風の中。ろくに休みもしないまま、二本の棒をかざしては、あて処もないまま歩き回っており。真夏ほどではないにせよ、照りつける陽射しを遮るものも殆どないところでの、長時間の歩き詰め。子供の回復力でもおっつかないほど、あんなにもつやのあった髪もふくふくと瑞々しかった頬も、ぱさぱさに乾いてしまい、見ていて何とも痛々しい。

「…コマチ坊、一旦帰ぇるべ。」



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