千紫万紅、柳緑花紅

□二の章 幕間 A
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本篇 二の章 幕間


 『冬の胡蝶』



 さて。出立の準備…というよりも、自分が不在の間、居残る方々が出来るだけ心許ない想いをしないように、不便な想いをしないようにと。日頃からも作り付けの引き戸の奥の、棚や行李にきっちり整理して収めてある着替えや小間物、それらの補充をしっかと整え、居室や寝間のお掃除を念入りに済ませたシチ母さんは、留守中の男所帯のことをキララ殿と五郎兵衛殿とに重々お願いした上で、

『橋向こうにどかどか落ちてる斬艦刀で、式杜人の禁足地まで一気に飛んでってもいいんですが。』

 そうすりゃあ街まで1日もかからないんですけどね、だなんて。頼もしいにもほどがあることを言い出したのを さすがに勘兵衛様に窘められて、順当に運搬船の予備で…何往復かするうちの1度ほど、2台で来たものが余って置かれていたホバー船に乗り、それでは留守を頼みますとやっとお出掛けしていって。

  “…さて。”

 宵でも雨でもないのに妙にしんと静まり返った家の中。囲炉裏の暖かさにも変わりはなかろうはずなのに、家人が一人減るとこうまで静かになるものか。何も七郎次が常ににぎやかだった訳ではないが、それでも彼がいるとそれだけで、何の会話もなくたって落ち着いて寛げる、満たされた安定感のようなものがあったのだと、今になってひしひしと思い知らされる。

“場を保たせることへ、
 一番貢献していたには
 違いないわな。”

 腕のギブスが小さくなったお陰様、久蔵も病床から離れたも同然の身で、もう衾も延べてはいない囲炉裏端であり。そんな久蔵自身もまた、何とも所在無げにワラを綯った円座に膝を揃えて座っている。そういえば、彼はあの決戦以降はずっと臥せっていた訳で、村の様子や何やは、退屈せぬようにとの思いやりから七郎次が日々語って聞かせていたけれど。それでも…神無の短い秋の終盤という一カ月を、見もせず過ごした空隙は結構大きいものかも知れず。

「久蔵。」
「?」

 掛けられた声に素直にお顔を上げた彼へ、

「せっかく腕が軽くなったのだ。
 久し振りに外へ出てみぬか?」

 勘兵衛がそんなことを言い出した。ギブスで固めて首から装具で提げた格好の前腕部というこの箇所さえ痛めなければ、立って歩こうが刀を振り回そうが、踊りのお稽古を始めようが(…)、何をやっても構わぬと、医師殿からのお墨付きも頂いてはある。

「…。」

 彼もまた“そうだそうだった”と思い出し、そのついでに…腕を下敷きにしないようにと気をつけながら、

『久し振りですねぇ』

 その懐ろに掻い込んで、昨夜は一緒に寝てくれたお母様だったこと、降ろした髪の甘い匂いまでもを思い出した次男坊だったらしかったが。(おいおい)

「…。」

 そこは男の子だ、悄然と気落ちしかかったところを、自分でぶんぶんとかぶりを振ると思い切り振り払い。うんと頷いて立ち上がったそのまま、

「…。」

 そのまま こちらをじっと見やる眼差しに苦笑を零し、お誘いした以上はと、水を向けた勘兵衛もまた囲炉裏端から立ち上がることと相なった。


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