千紫万紅、柳緑花紅

□三の章 春待ち雀 B
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三の章 春待ち雀 B


 短日寂し



 時は再び逆上っての、事件直後…から ほぼ一カ月が過ぎた神無村。

 ― 憎っくき右京と、
   農民を人とも思わぬアキンドらを、
   その独善に穢れた企みと、
   人を見下す“都”ごと、
   荒野へ撃沈させる

 村人たちや雇われた侍たちにとっては、それこそが目的だったあの最終決戦だったのだけれども。では、世間一般からすれば、あの事態はどう映り、その結果がどういう展開を招いたのだろうか。ちょうど一カ月が経過したのをキリにと、様子を探りに向かった街、虹雅渓から戻ったばかりの七郎次は、長老の家へ集いし主幹たちを前にして、

 「思いも拠らぬ運びでしたが、
  兵庫殿という
  打ってつけな人物に出逢えたんで。
  最も真っ当な詳細というところを
  聞くことが出来ましたよ。」

 まずはそうと告げ、無論、それだけで終わらせず、あちこちでも集めた情報と統合したものを、勘兵衛や久蔵、五郎兵衛、ギサクへと報告した。商人たちの構築しかけていた“中央集権システム”の要だった、移動要塞都市“都”が撃沈したことと、天主を筆頭に、主立った大差配らが一斉に亡くなってしまったことから。彼らに恣意的に牛耳られかけていた流通の形態も、多少は変わりつつあるらしく、

「何せ
 最強の流通貨幣だった“米”を、
 自分らの扶持以外の土地からも
 野伏せり使って強奪させてまで
 独占していたような
 連中ですからね。」

 武装による警護や公営性補助と引き換えに、やたら高い税を取り立てるというような、単なる権力者の独善よりもずんと性分(たち)が悪かった、その仕儀・仕組みだったのだが、

「今や、神無村のような自治村には、右京が恩を着せるつもりでか手配した侍たちが用心棒として定着しておりますから、野伏せり崩れもそうは手を出せないでしょうし。街は、まあ、統治権力者だった差配からその権力というか“後ろ盾”が消えた訳ですが、土地への愛着がある住人たちが協力しあっての、こちらも一種の自治組織が立ち上がって、保安や警邏にと立ち回っているところも少なくはないと聞きます。」

 あの兵庫が綾磨呂公の復権までを目処に、何とか頑張って支えようとしているのもそんな任であり。決して安穏とこなせるものではない、むしろ困難ばかりが押し寄せよう難儀だろうに、

「そうさの、
 暴動や略奪などが
 起きないとは言い切れまい。」

 不安が膨らみ過ぎでの激発が生じれば、群集心理という代物、混乱からの混沌へ転げ落ちるのは案外と容易い。危険で苦しく、辛いばかりの責務。そもそも、そんなものをわざわざ苦労して負うだけの、義務なんてものもなかろう彼だろに。自分にしか出来ぬこととの覚えも堅く、立ち向かわんという所存は揺るがぬらしい。………だがまあ。それは大丈夫だと、他ならぬ久蔵が太鼓判を押してもいる。彼になら耐えられよう、こなせようと、寡黙な久蔵が、自らの自負へ以上の信頼を示している。誰よりも兵庫をよく知る彼の言ならば、これ以上の案じは杞憂、むしろ却って失礼かもと、聞き手の各々が擽ったげにあるいは微笑ましげに苦笑を洩らして。………さて。


 「それと。問題の“都”ですがね。」


 荒野の外れ、行幸の最終目的地だったはずの神無村を目前に、謎の墜落をもって多くの犠牲者を出した悲劇が起きた舞台にして、新天主の墓標でもある、弩級戦艦の成れの果て。一体何が起きたのかという、その謎を説き明かし、真実を探ろうとするのなら。何はさておいても押さえねばならぬ“現場”であり、唯一の“証拠”でもある巨大な残骸。そこから得られた“事実”から構築されての見解へは、風評では済まない確たるものとしての価値も出ようし、もしも何者かが…新しい支配者候補としてのし上がるための礎にでもするつもりで、真相解明と訴追の動きを取ったとしたなら。自分たちを糾弾するに十分なあれやこれやが刻まれてもいよう、何とも困りものな“落とし物”でもあるのだが。

「どういう連絡網があっての
 手配をしたものなやら。」

 七郎次は何ともしょっぱそうな顔をすると、こうと続けた。

 「あの式杜人らが
  駆けつけていて、
  早速の下見をしていた
  様子でしてね。」

 虹雅渓の外れ、最下層の“癒しの里”から通じていた地下水脈を進んだ先の、洞窟の中にあった“禁足地”に住まわっていた、不思議で不気味だった奇妙な一族。全身を特殊なスーツで覆い隠し、米を水に蒔いて栄養とする奇妙な植物の汁を糧として。職務・作業に勤しむとき以外は、天井からコウモリのようにぶら下がり、自分たちを脅かす事象を見逃さぬよう、監視の眸を絶やさずにいた用心深い人々であり。陽の射さぬ禁足地でしか生活出来ないものかと思いきや、そんな彼らがそうまでの遠出をしていたというのは、さすがに看過出来ないことでもあって。

「特に、
 ヘイさんが墜落の前にと
 切り離して落とした
 “主機関”に
 興味津々という態でしてね。」

 ただ撃墜爆破させたのならば、一帯の土地全部が炉から洩れた高次エネルギーからの汚染を受けてしまうからと。先に切り離して強制的なブレーキとした作戦の、言わば“落とし子”でもあるのだが、

「ほら。連中は禁足地でも、
 本丸の機関から
 蓄電筒を作っておりましたから。」

 様々な機巧の動力として先進の駆動に重宝がられているエネルギー。彼らにしか作り出せない代物だったが、こちらでも同様のプラントを作る気満々ならしくって。

 「帰りに通ったところが、
  こっちに気づいての
  お声をいただきましてね。」

 虹雅渓へと向かった往路でも、一応の用心のためにと…顔なじみなのをいいことに禁足地を通過させてもらった七郎次なのだから、
「何のことはない、穏健な待ち伏せをされたようなものなのでしょうね。」
 と。ちょいと悪ぶっての穏やかではない言い回しをしたところ、

 「…。」
 「ああ、大丈夫ですよ。
  ほ〜ら、どっこも
  怪我とかしてないでしょう?」

 何か怖い目に遭わされたんじゃなかろうかと、すぐの傍らから母様へと切ない眸を向けて案じた次男坊を。戻って来たそのままでいる着物の、肩やら胸元やら摘まんで見せて、傷も染みもないでしょうがと、一通りあやしてから(笑)…話は続いて。

「まずは“本懐おめでとうございます”と来たので、こちらも負けちゃあいません。あなた方の多大なご助力あってのものですよと、にっこり笑ってせいぜい世辞を言ってやりましたがね。」

 あの禁足地を何度も往復しているアタシらだ。彼らの正体や何や、薄々察知しているというのは、向こうさんだってお見通しでさ。そこでまあ、探りを入れて来られる前に、
「アタシらは何も一枚咬ませろだなんて言いはしない。どうで動けるようになったれば、春にもこの当地を去るつもりだしと、正直なところをぶちまけてから。」

 ― 言いたいことは1つだけ。
   アタシらや村を
   売ったりは
   なさらぬことだ、と。

 何かしら挑発したり煽ったりする気もなくの、一番の本音をぶつけてみたところが、

「言われるまでもありませんと、
 案外あっさり
 応じてくれましてね。」

 いっそ肩透かしなくらいに…というのは、何も七郎次だけが得た感触ではなくて。皆もまた、あまりのあっけなさに“え?”と口を丸く開いたほど。

「継続的な協定の証しと言っちゃあなんですが、街までの脚を、言ってくれればいつだって都合するというのはいかがです?と、逆に擦り寄られてしまったくらいで。」

 まま、彼らも都への攻撃には加担したことになっている身。我らが訴追を受ければ 相身互いだってことなんでしょねと、七郎次は小さく笑って。

「欲をかかなきゃ
 敵にはならない。
 相変わらずの、
 そういうスタンスでいるらしい。
 それと、あの綾磨呂公が、
 彼らと組んでの
 事業を起こそうって
 腹積もりでいる。」

 都やアキンドが全ての米を掌握し、それをダシ…というか交換条件に振りかざして、一手に献上させてた蓄電筒っていう関係の構図が破られた訳ですからね。これからはこれも公平な流通という商売に乗せようとするに当たって、綾磨呂には都が落ちても独自のコネも太いのがたんとあるからというので、手を結ぶこととなったらしくって。

「さすがは叩き上げの差配だ。
 逞しいことですよ。」

 ちょっぴり皮肉というか揶揄というかを絡ませて、そうと言って肩をすくめた七郎次だったが。感慨深げな顔で聞いていた五郎兵衛殿が、ふと、重々しい声で呟いたのが、

 「式杜人はともかく、
  綾磨呂は
  恩に着るような
  御仁でござろうか?」

 彼は自分たちとの関わり方も浅くはなく、一連の事態の最後の方では義理の息子の新・天主に命を狙われていたもの、久蔵が庇いの蛍屋に匿ってやりのと、手を施してやったほどではあるけれど。彼は根っからの商売人で、逞しく、且つ 抜け目がない。それだけに“昔は昔、今は今だ”と言い出す厚顔さだって持ち合わせていようし、それをもって、式杜人とは算盤の弾かれようも変わるのではなかろうかとの、一応の憂慮をした彼であったらしい。それへは、

「なに、
 裏切って突き出そうにも、
 その相手、
 処罰を担当するよな組織も
 ない現状だ。」

 手柄を立てる相手なしでは利があるとも思えないとは、勘兵衛の言いようで。そこへと重なったのが、

「それに、何もかも公開されては困るのは向こうも同じことでしょうしね。」

 世間へと叫ぶだけでは、却ってリスクが高かろう。都や天主、大差配らが、これまでに口くくってたその陰でしでかしてきたことの諸々と、そんな不埓な連中と利益を通じて結託していたことまで芋づる式に明らかになっては、世間からの糾弾の矢は果たしてどっちへどう飛んでくるものやら…ですからねと、七郎次が彼なりの見解を足し。そんな不安定な賭けをすること、綾磨呂公はともかく、式杜人らは望みはすまいと踏んだその上で、

「欲は張らず、我らのささやかな我儘である“ささやかな安泰”を約してくれればいいってだけのことと。あまりプレッシャーはかけないように気をつけて、言っておきましたよ。」

 綾磨呂ほどもの老獪強かな駆け引きの妙は、さしもの七郎次にも持ち合わせはなかったが、それは即ち、我欲や利への計算高さもない身であればこそ。その辺りはそれこそ、あの壮絶な…逆賊との汚名以外に得るものなどないような戦さに身を投じた彼らだと、重々知っていればこその理解というものもあったようで。事実、それ以降、あの事件に関しての噂から彼らや神無村の名前が出ることはなくなり、真相究明しようにも、現場は式杜人らが“第二の禁足地”としてしまい調べようもないまま、彼らの作業の勝手に合わせて、解体や改造を為されてしまい。そのまま謎は謎のまま、封をされてしまうこととなるのであった。



 
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