千紫万紅、柳緑花紅

□三の章 春待ち雀 C
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三の章 春待ち雀 C


 三寒四温



「次の村に出力の大きな発信塔を据えたら、個々の中継塔を三点交差式の応用を持って来てもっと立体的に結べるようになりますから。そうしたら、何と虹雅渓まで一気に電信が飛ばせるようになりますよ?」

 相変わらず小難しい専門用語が一杯の説明は、半分くらいしか理解出来なかったものの。腰から提げた嚢から手元へと取り出した鋼の小箱を撫でながら、それは機嫌よく語る彼だったのでと。電信塔の設置は自分も立ち会い、細かなところまで手伝って来たこと。理論はともかく、何をどうする機関であるかは重々知ってもいたから、

「それは凄いな。」

 遥々と遠く離れた土地の空。こんなところから一気にか、と、心からの感心をもって応じれば。得意満面に笑って頷き、

「あ、でも。
 “小屋”に丁度誰かが
 居合わせれば
 いんですけれどもね。」

 一番最初の試作品を残して来た、虹雅渓の蛍屋の受信機を置いた場所を、便宜上のこととして“小屋”と呼んでる彼らであり、
「誰もいないのに人声がしただなんて、怪談みたいな話が広がって、気味悪いなんて言われたらどうしましょうか。」
 電信に関しての向こうでの責任者であるお人に迷惑がかからないかなぁと、たちまち困ったように眉を下げてしまう相方へ、
「ははは、シチさんなら何とか丸め込もうさ。」
 案ずることはないないと、小さな肩をど〜んとどやしつけてやれば。痛くはなけれど勢い余って、腰掛けていた岩場から前へと吹っ飛ばされそうになりかけた 元・工兵さん。豪気な笑い方をしたお仲間を振り返り、その相手からの…目許を細めての凝視にあうと、

「………。///////」

 何を耐えてか唇を咬んで見せつつも、隠し切れない紅潮がサァッと頬へ滲み出す。まるで何事かを恥じらう初心(うぶ)なヲトメ…というよりも、慣れない褒め言葉へどう応対していいやら判らずに、ただただもじもじしている幼子みたいで。見慣れたえびす顔ではない以上、ああこれは間違いなくの本音だなと、そうと思えば五郎兵衛の胸にも擽ったいものが立ち起こり、

「どうした、どうした。」

 自分の側の照れ隠しもかねてのこと。帽子を取っていた相手の頭、大きな手でわしゃわしゃと、髪を掻き回すように撫で繰り回してやるあたりは、もしかすると五郎兵衛の側も、重々 大人げないのかもしれないが。

「やめて下さいよう〜〜〜♪」

 あははは…と転がるような笑い声が立って、いかにも楽しそうに応じてくれる。こんなじゃれ合いも、思えばこの旅に出てからのこと。人懐っこく見せておきながら、実は遠巻きにでしか人と接しなかった彼だったこと、過去になったからこそ“そうだったな”と回顧出来る、そんな“今”にいることがありがたいなと思えてしまう。

「虹雅渓と言えば、
 菊千代が正宗殿の助手として
 働くこととなったらしいですよ?」

 ひとしきり笑った此処は、街道の途中の峠の岩場。一応の塚こそあるが、他には何もない、青い空が頭上にあるだけというあっけらかんとした空間で。随分と辺境の乾いた土地だが、鉱物資源が豊かなので、も少し先にはそれを掘り出している人々の村もある。そこで式杜人らから依頼されてる特殊な鋼材の鉱脈を扱ってやいないかを、あたりに来た彼らであり。勿論のこと、そのついでに電信用の発信塔も設置してゆくつもりでいるのだが、
「冬の間に腰を傷めた正宗殿の助手を買って出ていたところ、大雑把で不器用なところは相変わらずどうしようもないながら、それでも力自慢で慣れもあるところが結構役に立ったらしくって。」
 週に一度 高速艇を駆って村へと戻る、言ってみりゃ“単身赴任“ってのでお勤めを始めたんですって、と。そんな話を持ち出す平八へ、

「? なんでそんなことが
 ヘイさんに判るのだ?」

 こんな街道の途中、しかもずっと自分と一緒にいた彼だのに。ここいらは初見の土地で、旧のものとて電波塔もない。なのに、どうして彼にだけ判るのかと、首を傾げた五郎兵衛へ、
「ほぉら、これですvv」
 さっき嚢から取り出していた鋼の小箱。革のグローブを嵌めた手に覆い隠せるほど小さなそれを差し出した彼であり、

「…おや。」

 その片面が小窓のようになっていて、よくよく見ればそれは液晶とかいう発光画面。コードも何も繋いでいない、ただの小箱にしか見えないそれだのに、電光掲示板のように文字の羅列を右から左へと送り続けている。小さな内蔵電池でこうまでのややこしそうな仕組を働かせるのは、色々と大変なのだというのは五郎兵衛も知っていて、だのに、
「発信機にはその前で喋った“声”という音声の他にも、打板で打ち込んだ文を送れる機能がありますでしょ? 電波で送られて来たそれを、すぐに読めるようにと変換出来る機巧(からくり)がね、やっと此処まで小さく出来たのですよ。」
 勿論のこと、理論や仕組み自体はそれこそ大戦中からあったもの。情報や指令を飛ばし合う通信も、兵隊たちの機巧の躯の開発と競うように性能向上の研究が進められていたし、大戦後も一部の商人たちが独占して使ってもいただろうけれど。ただ、それを掌に収まる大きさに出来るなんてと、これには五郎兵衛も唖然として見せる他はなく。

「いやはや、
 ヘイさんには
 驚かされてばかりだの。」

 仰々しい研究室だの厳しい装置だの、そういったものを必要としないまま。図面も引かずの手元でこちょこちょいじって作り上げるものが、そんな大それたものだったりする。無論、単なる行き当たりばったりとか勘とやらで作っている彼ではなかろうが、それだけに尚のこと、何てまあ色々なものがこの小さな体へ詰め込まれたお人なのだろかと、驚かされてばかりいて。そんな称賛のお声を、素直に受けて“くすす”と笑い、
「今に、通信搭から離れたところにいても、シチさんや勘兵衛殿、久蔵殿に勝四郎くん、利吉殿やコマチ殿とも、こうやって出先から話せるようになりますよ?」
 自慢の品だからこその謙遜もなく、胸を張って言い切った平八へ、だが、

 「だが、某(それがし)は、
  こうやって向かい合って
  話す方が好きだがの。」

 水を差したい訳ではないのだがと。静かな声にて付け足したところ。
「あ。」
 かすかな風籟をともなってのつむじ風が、二人の傍らをゆきすぎて。それでも、聞こえなかった訳ではあるまい。いかにもそれと判る、虚を突かれましたというお顔になった工兵さんは、
「…私も。」
 固まった表情のまま、口元だけを小さく動かすと、

 「ゴロさんとは、
  いつだって…こうやって
  向かい合って話してたいです。」

 言い終えたときには…何とも恥ずかしそうな笑みを口元や頬に滲ませていて。先程は唇を噛みしめるようにして出さぬようにした含羞みを、今は…泣き出しそうなお顔になりながらも、隠すことなく見せてくれた彼であり。
「…そう、か。」
 こちらさんも実は、どうしようもない勢いで溢れ出る笑みの対処に困りつつの眉を下げまくったお顔になって。よく出来ましたと言うその代わり、これが一番嬉しがるからと。大きくて乾いた手のひらで、ふかふかの柔らかな頬をひたひたと、撫でて差し上げた五郎兵衛殿だったりするのである。


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