千紫万紅、柳緑花紅

□三の章 春待ち雀 E
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三の章 春待ち雀 E


 冬籠もり



 季節は“馬肥える”食欲の秋だった。村が里が、1年かけた手間と苦労の結実とその収穫の幸いに沸きつつ、来たるべき厳しい冬に備えての準備にと心身を暖めておく、それはそれは豊かな時期であるものが。数十年もの長きに渡った大戦が終わってからのこっち、知行や差配がそもそも居なかったような長閑(のどか)な辺境地方は、その無防備さゆえにか、侍崩れの“野伏せり”という機巧兵らによる謂れのない強襲を毎年受けるという憂き目に遭うこととなった。武装も知らず持たず、ただ非力だからというだけで、彼らの力づくな専横に、頭を地につけ平伏して屈しなければならないことの何たる不合理。何の落ち度もない身への、正に降って沸いたような災難としか言いようがないこの悲劇へ、とうとう堪忍袋の緒が切れたは神無村の住人たちで。

 ―― 相手が侍崩れの機巧兵なら、
    こっちは浪人の侍を集めよう。

 腹一杯の米を代価に野伏せりと戦ってくれる、腕の立つお侍様を雇えばいいのだと話はまとまり。人が多く行き来する、荒野の只中に開けた街・虹雅渓へと出向いた面々は。艱難辛苦のその末に、刀さばきの腕のほどは勿論のこと、知恵や機転も、経験値もお人柄も、それはそれは素晴らしいお侍様を七人も、連れ帰ることが出来たのだった。



 おいで願ったお侍様がたの立てた作戦の一環、神無村そのものを、一種の砦、隙のない要塞としてしまおうという計画は着々と進み。作業がいよいよ佳境に入って来ると、石垣を積んだり堡を築いたり、弩の張り子(デコイ)を設置したりという“砦”作業班や、鳴子を張り巡らせて物見に立ったり、周縁を隈無く見回ったりという哨戒班以上に、武装設備の真打ち“弩”作業班の忙しさと集中はその密度を増してゆく。殊に、ここまでは分業して進めて来たことどもを、一つに集結し統合する段階に入ったものだから。熟練の感覚でしか調整が取れないことが増えて来ており、その一つ一つに慣れた者にしか感じ取れぬものや手際、所謂“職人芸”が必要とされるため、どの場面へも唯一の専門家である平八からの指示や彼による判断が要りようになってくる。作業への手際だけなら村人たちも相当に慣れては来たが、統合・統括というものはそういうこととはまた次元の違うお話なので。それを唯一こなせる身の平八は、自然と全てへ、手をつけの、眸を通しの、せねばならなくなってくるし、ますますのこと、息をつく暇も無く、連綿とした集中の中に、その身を置かねばならなくなってもいて。

 『少数精鋭の
  一番の難点ですよね。』

 専任者の頭数が少ないと、いちいち合議や申し送り・刷り合わせを構えなくてもいいがため、意志の伝達や判断の素早さなどへは断然と有利ながら。当然のこととして“層が薄くて代わりがいない”ということでもあって。何も広大な領地を守っての何十年もの戦さを構えようというのではない、短期集中決戦なのだから、そうそう問題はないだろうと思われていたが、ここに来て、そうとばかりも言ってはいられなくなって来た。交替して戻った現場にいつもいる責任者へと、当初は頼もしさを抱いていた村人たちが…心配を募らせるようになるまでにはさほどに時間を擁さなくて。

 『ましてや、
  ヘイさんは勤勉が過ぎる。』

 こういう作業が正に天職なのか、それは楽しそうに。図面を引くこともなく、身の裡(うち)から涌き出てくるもの、次々と形にしてゆく彼であり。ほぼ素人ばかりの他者へと授ける指示の丁寧な解りやすさといい、周到にして水をも漏らさぬその手際は見事としか言いようがない。しかも、いつも笑顔でいる、それはそれは人当たりのいいお人。確かに…殺伐としていた大戦を経験なさったお侍様ではあり、当初こそ、価値観の相違からのごちゃごちゃも、ちょっとばかりあるにはあったが、そんなささやかなわだかまりも すぐに雲散霧消してしまったのは、彼の本来の人柄、その誠実な人性のせいでもあろう。


 ―― 解らないことを
    解らないまま進める愚は
    ありません。


『それが間違っていたら、破綻した時点で結局そこまで後戻りしなきゃあならなくなる。その上へと積み上げた作業も全部無駄になってしまいますからね。それではもっと困る事態になってしまう。』


 ―― お米作りだって
    そうでしょう?


『私はあなた方ほどの専門家ではありませんから、それこそどこがどうとまでは喩えを上げられませんが、物作りという点で必要とされることはそうそう違わないはず。自分の失敗から思い知り、二度とせぬようにと学ぶのが一番に身につきはしますが、先達なり物知りなりが居るのなら、その知恵を分けてもらうものなのではありませぬか?』


 ―― だから、
    解らない事があったら
    何でも訊いて下さい、と。


 そんな風に穏やかに細やかに説いて下さったので。しかもそうと言ったその通り、初歩的なことであってもきちんと向かい合って何度でも根気よく教えて下さるお人だから。よって、確かに“代わり”は居ないとし、誰もが判断に迷えばついつい頼ってしまうのも道理ではあるが。まるで何物かに取り憑かれてでもいるかのような。若しくは、何かから追われてでもいるかのような姿勢と勢いで、小さな体を丸めて、ただただ作業にばかり没頭していた彼のこと。村人たちも、勿論のこと侍仲間の面々も。倒れはしないか、集中が途切れての怪我でもしないかと、案じながら見守っていたものだった。





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