千紫万紅、柳緑花紅

□三の章 春待ち雀 G
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三の章 春待ち雀 G


  山帰来 (さんきらい)


 本来は、サルトリイバラ(猿捕茨)と言い、昔は毒消しの実として使われていました。つる性植物の落葉低木で2mまでは成長します。茎には刺があり、他の植物に絡み付いて成長します。山野に多く自生しているため、栽培をおこなうことはせず、毒消しの必要がある時に山に入り実を食べて帰ってくるという利用をされていました。名前の由来もこのことから山帰来と呼ばれています。




    1


 辺境の小さな農村を殲滅するには大仰なまでの布陣を引き連れて訪のうた“都”は、かつての長年、この大陸を二分して何十年もという長きに渡り引き続いた大きな戦さのその中で、大本営として要所の穹に傲然と浮かんでいた、弩級戦艦“本丸”の成れの果て。ともすれば神無村に匹敵するほどの広さを持ち合わせ、航行運営や戦闘を効率よく運べる伝達機構も充実しており。最新鋭の動力機関を保持し、光弾仕様の砲台を多数装備し、格納庫には魂を抜かれて“木偶(でく)”と化した機巧侍の“野伏せり”たちを、幾十…いやさ、百を超した陣営にて抱え込む、新しい天主がその権力の威容そのものとして誇った、最強の砦であった筈だのに。言わば、空を飛ぶ要塞都市に匹敵しそうな規模の化け物を相手に、十にも足らぬ頭数で立ち向かうなぞという無謀を敢行した、雇われ侍たちであり。

 『斬艦刀?』

 その戦いは当然至極、凄絶な様相を呈したが。これほどのハンデがありながら、なのに簡単に畳まれなかったという時点で既に、ある意味、戦さというものを知り尽くした元軍人の“侍”と、巨大戦艦や群れをなす機巧侍らという桁外れのスペックにのみ頼った、所詮は素人に過ぎなかった商人らとの差が出ていた、とも言えた。

 『使えないなぁ、
  野伏せりはっ!』

 揚陸した侍たちを、山ほどの機巧の近衛兵らが途轍もない厚みで取り囲んでの迎え撃ったにも関わらず、やはり彼らの進攻を止めることが出来なかったのは。損得勘定が出来ない“命知らず”にしか抱けない、堅くて頑迷な“信念”の差だったのかも知れない。

 『…っ!』

 こちらは生身だ。よってその感応には、機械の精度だけではおっつかない、アナログならではの繊細微妙な勘や鋭さが働いて。さすがは練達、神憑りとも言えた動作が、反応が、こなせた。機巧の存在が構える無機的な攻勢には、当然のことながら感情や温度がなく。怜悧なその上、限りなく正確ではあったが、柔軟性や融通には欠ける。どんなになめらかな動作制御が進んだとて、人間の解析能力には敵わない。重いその身が動作するときに起こす微かな作動音が気配の代わり、弾丸や光弾が射出される寸前の間合いが殺気の代わり。先の大戦に参加したクチの侍たちには肌身に染みている感覚であり、それらをくぐり抜けて生き延びた者らなればこそ持ち合わせている、無機物の気配を拾えるずば抜けた反射が、間合いを読める特殊な勘が、一際冴えてのその結果。何かしら思うより前にその身が的確に反応し、精密な攻勢を紙一重で躱すことが出来るのであり、

  ――― とはいえ。

 多勢に無勢が全く関与しなかった訳ではなく。得物と言えばその手の延長とした刀のみという顔触れだけに、全くの無傷で…とはいかず。雨あられと降りしきった機銃による弾幕や、雷電や紅蜘蛛といった巨大な機巧侍たちが繰り出した凄まじい破壊力の炸裂弾は、この頭数では捌くだけでも大層な難儀。避けるにも限度というものがあった。主機関を切り離すという任を任された平八と、神無村へ先行しかかる雷電部隊を追った久蔵は、それぞれが単独であたったその仕儀の最中に避け切れぬ攻勢を受け、その身をひどく損なう負傷をし。殊に平八は、下肢を斬艦刀と壁とに挟まれて身動きが取れない状態となったそのまま、自ら仕掛けた強力爆薬をその手で点火。それによって切り離した主機関もろとも、かなりの高度から地上へ落下し、それらの衝撃を浴びたそのまま、命も絶えたものと思っていたのに。




 ― 私は、もしかしたら。
   あの大戦が
   もっと続いて
   ほしかったのかも知れません。

   そうすれば、
   戦艦ごと撃墜されてのひとからげで、
   誰にも迷惑をかけぬままに
   死んでおれたかもしれない…。



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