千紫万紅、柳緑花紅

□四の章 北颪 きたおろし G
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「某(それがし)は
 程なくして
 別の地域の司令部へと
 移ったのだが。
 しばらくほどすると、
 まずは落ちまいとされていた
 その辺境の戦域が、
 ほんの1日で
 攻め落とされたとの
 報があっての。」

「…おや。」

「顔ぶれは
 同じ隊であるらしかったが、
 それにしては
 数カ月にも渡って
 繰り返されて来た
 奇襲のパターンを
 大きく違(たが)えた戦法で、
 一気にかかっての呆気なく。
 互いの兵にも
 さしたる被害は出さない、
 何とも見事なやりようで
 落ちたその砦。
 のちは終戦のその日まで、
 北軍占有の橋頭堡と
 化してしまったという話での。」

 随分と根気良くかかって“目眩し”を刷り込んでおられたことよと、苦笑をしたは銀髪の壮年殿の言いよう。哨戒の当番待ち、焚き火を囲んでいた顔触れには、五郎兵衛殿と七郎次、平八が顔を揃えており、自主的に途轍もない範囲を見回る自分は当番へと組まれていなかったものの、丁度一通りの巡回を終えてのこと、間近の樹の根元に腰を下ろして休んでいた折。彼らの話も聞くとはなしに聞いており、

 「それってもしや…。」

 焚き火の傍らから平八が“おやや”と顔を向けたのが、そのお話にあれこれと符合しそうなところの大かりしお仲間へ。それぞれが初対面同士の“寄せ集め”である中で、唯一、戦時中からの付き合いがあったのが、我らが首魁・島田勘兵衛殿と、槍を振るわせれば国士無双の使い手、七郎次殿のお二人であり。負け戦の大将と呼ばれつつも、不思議と人望厚きお人柄の元・北軍司令官に仕えていたというところといい、若いに似ない懐ろの深い心掛けをした副官殿だったというところといい、こちらにおわす気配り上手なお人と重なるところが大過ぎやしませんかと。元より、同じような気がして話を振った五郎兵衛のそれとともどもに、感じ入ったからこその視線を向けたらしいのだが。その先にいたご本人、金髪白面、三本まげの美丈夫はといえば、

 「いやですよう。
  ゴロさんが
  感服なさったお話に
  出て来るようなお偉いお人、
  このアタシで
  あるワケがないじゃあ
  ありませんか。」

 お顔さえ上げぬまま、歌うようにさらりと言って。苦笑混じりにあっさりと、受け流してしまったもので。え〜? だって若い身空で副官だっただなんて、年功序列の上が詰まってた終戦間近い頃合いにはそれだけでも十分に珍しい話ですよ? そうですか? アタシがいたのは随分と入れ替わりの激しかった方面部隊だったから、同世代の副官は結構おいでになりましたよ? そんなこんなな言い逃れを並べてから、

 ― ただ、と。

 生身の方の形のいい手で、ほいと薪を足した焚き火の炎を見やりつつ。ぽつりと口にした言いようがあって。

「仕えていた御方が、
 どんな場においても揺るがない、
 堅い堅い矜持や信念を
 お持ちなお人で。
 その御仁に
 ただただついてゆくと
 決めていた身だったなら。」

 ― その御方の見ている先だけ、
   望むものだけ
   見てりゃあいい。

「そういう忠心から
 物事決める癖が出来るとネ、
 迷わないで済む分、
 存外 楽が出来る
 もんでしてね。」

 そのお話のお人がどうかは存じませんが、アタシはもっぱらそれで通しておりましたと。軽やかに言ってのけての、くすすと笑った槍使い殿であり。さも、自分は物事の判断に頭を使わなかったし悩みもしなかったと言いたげで。お道化ることで後の二人を呆れさせ、そこへとやって来た哨戒帰りの勝四郎や菊千代へ、さあさ暖まっておきなさいと腕によりかけて世話を焼き始めたので、そのお話はそれまでとなったのだが。

 ― 彼のような性のものが、
   誰ぞへ依存し切って
   いられるだろうか。

 迷わないから楽が出来る…だなんて、いかにも調子のいい奴が口にしそうな言いようをしていたが。そんな責任転嫁どころか、惚れ込んだ御主には手を汚させまいとして、あらゆる方面へ加減を知らない滅私奉公をし尽くした彼なのではなかろうか。仕えた相手の心意気へ従うと…迷わないと決めること自体が、途轍もない修羅を選ぶこととなる相手だっていよう。あの、老獪狡猾なまでに練達であるくせに知恵者であるくせに、自らのためにはそれらを使わぬ、至って不器用な男の生きざまへ。苦笑混じりに、それでもついてゆきましょうぞと、供をかって出るような。彼もまた大概酔狂な男であったから。

 「…。」

 その頃はまだ、彼らとの間にさほどの親しみやすさも構築されてはなかった自分へと、視線に気づいたそのまま振り返って来た古女房が、にこり微笑って見せたのが。今にして思うと…それもまた、島田勘兵衛への“障害”若しくは“災厄”だとこちらを意識した上での、立派な“宣戦布告”だったのかもしれないなと。そして、だとすれば、

  ―― ほら、やっぱり。

 島田のためであれば何だってするし、何にだって立ち向かうのじゃあないかと。いつぞや“懐柔なんてするつもりはない”なんて言ってた彼(か)の人のついた優しい嘘へ。今頃になって気づいた久蔵だったりするのである。



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