千紫万紅、柳緑花紅 2
□五の章 さくら 最終章
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春隣り
そういえば、春が暦の初めというところはいまだに多い。農作耕作が生活の支えである地域では、それが自然なことでもあって。
『じゃあどうして、
虹雅渓みたいな街では、
寒い寒い冬の最中に
1年の初めがあるですか?』
おっさまが、そういう街では他とも足並み揃えてのこと、一番昼間が短い日を最初に据えているのだとゆってましたが、それって何でなんでしょか?と。幼い娘御からもたらされた、そんな素朴な問いかけへ。
『そりゃあお前、
田圃の手入れに
縁がねぇからじゃ
ねぇのか?』と、
まんざら遠くもない言いようで いい加減なことを答えてやっていた、真っ赤な鋼鉄の体をしたお仲間は。その身を文字通りの犠牲にしたがため、復活に多少ほどの時間が要ったが、田植えの季節には何とか間に合っての帰還が適うという話。
『間に合ったところで、
おっちゃま
田植えの手伝いなんて
出来ないですのに。』
『何だとー?』
馬鹿にすんなよ、コマチ坊ン。苗代運びじゃあ牛にだって負けねぇぞと、鼻息も荒かったあの菊千代がいるのだし。それより何より、あの大騒動を身をもって乗り越えた村人たちだ。よって、神無村は今後どんな奇禍に襲われようとも不安はなかろう。それにそこまでの先々を案じてやるのは、ともすれば不相応な差し出口。むしろ、我らへの気遣いもまた、これからの再出発へ際して、重々しい罪科の影と共にいちいち意識することにも成りかねぬので。
慌ただしい空気の中、
どさくさに紛れて
こそりと出て行くのが
一番だろう、と。
そこでのこと、敢えて いつ出立するかは告げておかなんだというに。
『水臭せーな、勘兵衛。』
誰からどう伝わったものなやら、昨夜の宵のうち、電信によってながら、この町を出るらしいなとのご挨拶があったのは驚きで。侍になるのだとの一念から、自分たちの道行きへと付いて来た、まだまだ心根のどこかが浅い未熟者…という把握しかなかったものが。その未熟ならではな実直さにて、こちらへも考えさせられる言動を様々に披露しもした、何につけ豪快だった戦火の友は、
『言っとくが勘兵衛よ、
俺は知ってる奴へ
知らん顔なんて
器用な真似は
出来ねぇからな。』
『? 何の話だ?』
『惚けてんじゃねぇよ。』
自分に関わると何をどう勘ぐられるか判らねぇからとかどうとか、そんな曖昧なこと並べて、これっきりで“赤の他人でございます”ってな振りしろったってだな、
『そんなややこしいこと
出来ねぇ相談だって
言ってんだよ』と。
自分のやりようや有り様へと指図されるのが業腹だったか、それとも…せっかく知り合えたのに、別れ際にそんな寂しいことを言うなと暗に言いたい彼なのか。いかにも怒っておりますという荒々しい口調にて、喧嘩腰だか、拗ねているのだか、そんな言いようをして来た若いのへ、
『……ああ。判った。』
『あーっ、
そんなに簡単に
折れたってことは、
口先だけだな。』
お前はよ、言葉でのはぐらかしも名人だから、言ってることは判ったが言うとおりにはしてやんねぇくらいは言いそうだ、なんて。直接の話相手だった勘兵衛以外、居合わせた七郎次や久蔵にまで届いたその言いようで、彼らに笑いたいやら怪訝なやらという複雑なお顔をさせたほど。
“通りすがりに聞いた依頼に
過ぎなんだ筈
だったのだがな。”
最初は固辞し続けていた。野伏せりなんぞ、直接殺したところで何にもならぬ。たとえ一掃出来たとて、話を聞きつけて別口の狼がまたぞろ来るだけのことだぞと。そうと言い聞かせても聞かなんだ強情な娘と、それから。立ち止まったそんな自分の元へ、様々な人々が集まったことで起きたその波紋とが、否応無く彼を駆けさせて。顔を合わすつもりはなかった存在にまで関わり持たせるわ、敵方だったはずの存在まで引き寄せてしまうわと。まこと、人が動くというのは、ただそれのみには収まらず、思わぬ色々を齎しもするのだなとつくづく思う勘兵衛であり。
“……久蔵は
上手く撹乱し果せて
いるようだの。”
兵庫殿へと東門を守れとの通達を投げ入れた後は、街中の居残り組を引っ張り回せとの指示をした。もしやして、兵庫殿や警邏担当がこちらの策へと乗ってこなけりゃそれはそれ。街で勃発する騒動にはどうしたって駆り出されるのだろうし、それへと振り回されてのこと、肝心な大門を閉ざすことが適わなんだとしても。大きな躯をした紅蜘蛛や雷電級の機巧躯の野伏せりによる侵攻なぞ、そうそう簡単には運ばぬだろし。無理から突っ込んだとしても、その暴挙にて大門を破砕してしまい、結局は蓋がなされるまでのこと。それはあくまでも最悪の運び、そうまでの被害を出しそうな“大物”は、彼自身が立っての砂漠で一掃してゆく所存でもあって。分散しての行動となるその最終経路、大門をくぐったそれから 程なくして、街へと向かう人々が不意に速足になってゆくのに気がついた。
『え? なんで?』
『何かあったのだろか、
門が…。』
『早よう、早よう。
おかんも急ぎ。』
『何や知らんが、
大門が閉まってまう。』
そんなお声を切れ切れに聞き、ふっと口許が綻びもした壮年殿。振り向かずとも何が起きつつあるのかは判ったし、あの…要領に長けているよに見せつつ、その実は。彼なりの信念へだけ頑迷そうでもあった警邏隊長殿が、こちらの意を酌んでくれたというのもまた、あっさりと伝わって来たものだから。
“久蔵への餞別、
ということかの。”
あちこちへと配した鍵が、少しずつ一つずつ作動してゆく充実が、大きくこの背中を後押ししてくれるようで。こればかりは、こちらの騒動にかかわったことで得た、久し振りの感覚といえ。臨界地に立つことで能力以上の力を出せなぞと、本来だったら若造に求められること、年甲斐もなく実感し直したような気がしたとの感慨を、微かにほろ苦くも噛みしめつつ、
「………。」
連綿と人の列が続く道程からは途中で外れての、かつても立ち寄った覚えのある渓谷跡へと進路を逸れてゆけば。左右が断崖になったかつての渓流の跡地の窪みに、紅蜘蛛だろうか、それは大きな機巧躯の野伏せりが数機と、黒ずくめの人型機巧、甲足軽が二十では収まらぬ頭数を揃えており。完全な機械化を成した彼らに比すれば、乗り物にすぎないとはいえ、鋼筒(ヤカン)も同じほどが集結している模様。そこへと、そちらが街からやって来た浪人たちの代表なのだろう、彼らに比べると随分と身軽な風体の男らの一団が、初対面だろうに気安い様子で近づいており。時折、手振り身振りも交えつつ、文字通りの見上げんばかりという大きな相手へ向けて、何かしら交渉しているらしく。自分たちの企てに余程のこと自信があってのことか、周囲へと注意を払う様子もないほどの盛り上がりようが、遠目からでも察せられたが。それは、こちらもまた自然なこととして、その気配を殺して行動していたからなのかも知れず。冬場のこの砂漠には当たり前のそれだった、それは容赦のない突風が吹き荒れた嵐には、まるきり及ばぬながら。その砂防服をはためかせるほどの風にあおられることがあっても。眼下の彼らは、一向に気づく気配もないままであり。
“………さて。”
今のところは何もしちゃあいない、ただの通りすがりだと、開き直っての居直られても面倒だ。それに、
“野伏せり一味の
紅蜘蛛級の機巧躯は、
殆どがあの“都”の
護衛部隊へ
編入されてはなかったか。”
行幸に見せかけ、その実、天主と野伏せりとの関係を知ってしまった農民らを一気に殲滅しようとの企みの下。神無村を襲った最終決戦へと駆り出されていた、数百はいただろう巨大擬体。自律飛行も可能という、当世最高の技術の粋を集めた鋼の侍たちだったけれど。幼いころに追われた記憶があってのことか、殊更ぞんざいに接していた節の強かった右京の取った強引な制御により、意志は消されての単なる傀儡と化しての、あまりの歯ごたえのなさもまた思い出された勘兵衛で。
“あれとは別隊の存在が、
まだまだ取り零されておる
ということだろうか。”