千紫万紅、柳緑花紅 2

□五の章 さくら B-1
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   山茶花  〜 その一



 こたびの経緯で奇しくも出会うこととなったその前だとて、その身ひとつで世を渡り歩いていた面々が大半で。さしたる荷物があるでなし、移動自体は何の問題もなく片付いてしまいそうな趣きで。ただまあ、雪が退いての人の往来が本格的に復活するその前に、人目を神無村から引き剥がすための対処である以上、村の皆さんとは事実上、これを最後のお別れとなってしまうわけで。疑心暗鬼や不安からの衝突や齟齬、全くなかった訳じゃあなかったが、それ以上に苦楽を共にし、一丸となって天下を引っ繰り返すほどもの とんでもない仕儀を成し遂げたその上、村人たちへ自分たちを守るための戦術という牙を授けてしまった伝導の士。生きるための抵抗をするのはともかくも、歯には歯をという術を伝授してしまったことが…この先どう出るかは、彼ら次第の先行きのお話。決して他所へ向ける牙とはしないよう、そうであった連中がどんな末路を辿ったかも忘れるなという注意を授けたお侍様たちを、中には泣きの涙で見送る者までいてのお別れを背中に受けつつ、居残り組の五人がこそりと向かった先こそは、


 ― 此処から全てが始まった
   交易の街、虹雅渓。


 名前に“渓”とあるくらいで、元は荒野の只中にあった涸れた渓谷の一角だった場所へ、先の大戦の終盤あたりに落ちた弩級戦艦があり。そこへと流れ者らが住み着いて始まったらしいという特異な街。相変わらずに雑多で流動的な、ずんと気張った美辞麗句を持って来て、常に過渡にある闊達な街であり。何と言っても交易が柱となっている土地だけに、あまりに唐突だった“天主や大商人(アキンド)らの謀殺”の影響、恐らくは此処にも少なからずあったのだろうけれど。この街を舞台にしての何かしら、物々しい騒乱があったという訳でなし、その佇まいにはさしたる変貌も見られはしない。スクラップを積み上げのがらくたを継ぎ合わせのしたような、危なっかしい構造の街路には、旅人相手の“しもた屋”などと呼ばれる木賃宿や屋台が多く居並んでおり。陽の差さぬ下層へ降りれば降りるほど、漂う空気も何処か胡散臭さを増して。同じ“流れ者”であれ、自ら居処を定めぬ風来坊なんだろか、それとも臑に傷持つお尋ね者なんだろか。どうとも断じかねるようなどこか胡亂な顔触れが、だってのにこちらを瀬踏みするような眼を向けて来の、昼日中から小愽打に興じていたり自堕落にも寝そべっていたりするところも変わらない。木の葉を隠すにゃ森の中、人を隠すにゃ人の中…じゃあないけれど。そんなところへと各々が、紛れ込むようにして居合わせたお侍のお歴々。それぞれに色々と、因縁も深けりゃあそれなりの愛着も深い土地でもあり。殊に勘兵衛に至っては、表向き“非業の死を遂げた”ことになっている右京が、天主就任のお披露目の儀の最中に“公開獄門”という処刑をなそうとした、何とも穏やかならぬ縁(えにし)もありで。

 『けれどあれは、
  結局“恩赦”とやらを
  持ち出されたことで、
  相殺されての
  無効となった罪科だとも
  聞いておりますが?』

 しかもしかも、首枷から自力でいとも容易く脱出しおおせた勘兵衛が、凶刃引っ提げて迫り来たのから、右京自身が助かるための切り札として繰り出したようなもの。順序はともかく そんな経緯があった以上は、彼自身が都への潜入に利用した“勅使殺し”という罪科、公的にも消滅していはするものの。それでも

 ― 危険分子として
   一等広く知れ渡った浪人と
   されていなさるお顔なんだから

 事情を知らぬお人たちから、どう解釈されるかは判ったもんじゃあないと。事ある毎に口を酸っぱくして言い続けた七郎次の杞憂をこの際は優先し、なるだけ埃を立てぬようにと、息をひそめての穏やかに潜入を果たすこととしたご一行。本来ならば荒野をやって来たそのままの道なりにしか入れぬ街だが、こたびの騒ぎの関わりから縁をつないだ格好の、式杜人らが住まう地下水系の禁足地経由という、一般人には通行不可能な経路を辿ることで人目を忍んでの到着をなし。とりあえずは…やはり こたびの騒動の中で懇意にしてもらっている“蛍屋”へと身を寄せた。本来だったらとんだ災難と思っていいような関わり合いだろに、姿も気遣いも申し分なく女らしい反面、気っ風のいい女将でもある雪乃はというと、

 『遠慮なんて
  しないで下さいましな。』

 迷惑だと思うようなら とうにはっきり言っておりますと、それこそはっきりくっきり言ってのけ。これでも皆様がたとはお仲間うちと、滸がましくも自負しております身、水臭いことは一言だって言いっこなしですよと、お出迎えの場にて嫣然と微笑って見せたほど。無論のこと、言葉づらの上でだけでのお愛想なんぞではなくて、母屋に一番近い離れの1つ、随分と贅を尽くしての粋なそれを、好きに使って下さいませと貸し出してくれており。三食を上げ膳据え膳で供して下さる気の遣いよう。昼間の暇な一時なぞ、戦さ以外の様々な方面へも蓄積豊かで造詣深い勘兵衛と、滋味あふるる会話を持つことも多々あって。

 「もし。島田様?
  よろしいでしょうか?」

 こちらはもう随分と暖かいようだのと。濡れ縁に接した障子戸を開け放っての、陽あたりのいい窓辺へと膝を進め、何やら書を繰っていた壮年殿へ。丹精込められた中庭を突っ切って来た女将が気さくな声を掛けたは、とある昼下がりのこと。覗いた居間の様子に、

「お手隙ならばと思ったのですが…。」

 あれお邪魔でしたかと母屋へ戻りかかった細おもてへと、笑顔を向けて引き留める。

「いやいや、
 手持ち無沙汰でおったところ。
 何か御用かの?」

 ここ“癒しの里”にて、一流どころの太夫になるよう磨かれて、言葉遣いから身ごなしの端々への気の遣いようまで、それはそれは行き届いているとはいっても。元副官とはいえ結構な年の差がある七郎次より、更に若いのであろう雪乃であり。背伸びをしても詮無い相手へは、稀なことながら素直なお顔覗かせもするようで。あらためての向かい合った彼女が言うには、

「実はお助けいただきたくて。」

 勘兵衛様の書は、そりゃあ骨太な剛の逸品。実家の長押に掛けたいからとお偉い大将閣下までが一筆もらえぬかと強請(ねだ)っていたほどのものと、七郎次さんから常々聞かされておりました…と、女将は連ね、

 「次の七の日、
  句を嗜まれる御大尽の
  節季の集まりがあるのですが。」


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