シリーズ小説

□次はどうか幸せを
1ページ/1ページ




「まさか、こうなるとはね。」

「ほんまんなぁー、びっくりやわ。」

「うるせぇ」


日曜日のお昼前。

小さな喫茶店には3人しか客はいない。

いや、そのうち1人はここの店長、あとの2人は友人なので

正確には客、といえるかどうか。



「で、実際どうなん?」

「・・なにがだよ」

「菊ちゃんと、だよ」



によによ、と聞くのはフランシス。
不機嫌な顔でコーヒーに口をつけるのはロヴィーノ。
グラスを拭いているのがこの店の店長、アントーニョ。
3人は幼馴染のような関係であった。



「でもロヴィーノにとられてしもうたなぁ、」

「あぁ?」

「ほんとほんと。俺も狙ってたんだけどさぁ」



軽口をたたくとロヴィーノはさらに不機嫌そうな顔になった。

アントーニョを見ると小さく笑っていた。

俺も少し肩を竦めてみせた。




「でも、良かったよ。」

「何がだよ」

「菊ちゃん、この前会った時顔色が良かった。」

「・・・・。」

「一時期は、ほんまに死にそうな顔してたもんな。」



それでも無理して笑うんや、痛々しかったわぁ・・。


アントーニョの言うとおり一時、菊ちゃんは本当に今にも死んでしまいそうな
そんな表情をしていて、とても危なっかしかった。
それでも、俺たちには絶対に弱音を吐かないし、辛いなんて絶対に言わないから
なすすべもなく、ただむず痒い時間が過ぎてしまった。



だからフェリシアーノが普通の女の子と結婚した時には心底驚いたし、腹が立った。
ちょうどその日、この店でアントーニョと一緒に飲んでいた。
そんな時にフェリシアーノは訪ねてきた。
そして、天気の話をするように結婚の話を伝えたのだ。
はじめはびっくりし過ぎて声が出なかった。
それはアントーニョも同じみたいでしばらくそのまま何も言えずにいた。


フェリシアーノはその間もずっと話し続けていた。
女の子と出会った経緯。
どこにデートにいったのか。
その子の好きな食べ物、癖、どこが好きか、どこに惹かれたか。


だが気がついた。
アントーニョも気づいたのだろう。
だから聞いた。菊ちゃんはどうしたんだ、と。

聞いたとたん、フェリシアーノの顔から表情が消えた。
そうしてただ一言、別れた、とそう言った。












「これか菊ちゃんとデート?」

「そうだよ、何か文句あるのかコノヤロー」

「そっか、ええなぁ。何時からなん?」


アントーニョがそう聞いた時カラン、と軽快な音をたてて扉が開いた。

いらっしゃいませー、というアントーニョの言葉を受け取ったのは菊ちゃんだった。

ぺこりと頭を下げて中に入ってきた。



「菊ちゃんやん!久し振りやなぁ」

「お久し振りですね、アントーニョさん、フランシスさん」

「本当にね、今からデートなんだって?いいねぇ」

「え!な、あ、・・もう、からかわないでください」




平静を装う菊ちゃんの耳は真っ赤になっていた。
ロヴィーノはコーヒーを飲み干すと菊ちゃんの手を取った。



「じゃあもう行くから。」

「はいはい、楽しんできななぁー」

「またねぇー」



















































「ほんまに、良かったなぁ」

「・・あぁ、」


アントーニョはカップを洗いながら静かに呟いた。
俺はもう冷めてしまったコーヒーを一口飲む。



「菊ちゃん、笑っとったな。」

「そうだね」

「幸せ、なんかな」

「・・・・そうだと、いいな」

「うん、俺もそう思う」



菊ちゃんは、本当に辛かっただろうから。


フェリシアーノが報告に来た時、殴りそうになった。
アントーニョは俺を止めた、でも俺はどうしてもイライラして、腹が立って。
その時、フェリシアーノは逃げるでも謝るでもなく、目の前の水の入ったコップを見つめていた。
そしてフェリシアーノの手は震えていた。

俺は、それを見てすーっと、感情が落ちた。
すとん、と力なく椅子に座るとアントーニョはフェリシアーノに話しかけた。
その声は責めるものではなかった。



『どないしたん?菊ちゃんは?』



そんな風に聞くとフェリシアーノはとんでもない事をいった。


――菊は、俺を愛してないんだ。
俺の愛は菊を傷付けるだけなんだ。
 俺の、一方通行の恋愛だったんだ。



そんな風に言うフェリシアーノが信じられなかった。

確かに菊ちゃんはあまりそう言う感情を表には出さないけど

でもそれでも二人の間では通じ合っていて

だからうまくやっているものだと思っていた。



フェリシアーノの浮気は聞いた事があった。

だから俺も何度か言った事があった。いい加減にしないと愛想つかれるぞ、と。




フェリシアーノは浮気の事も菊は気に掛けなかった。と言った。

だから菊は俺へ愛はなかった、と。

それは違う。

菊ちゃんは本当に苦しんでいた。

己が男であるから仕方がない、といつも自分を落ち着かせていたが本当は苦しくて

今にも泣き出しそうだったのを知っている。それを我慢していた事も。






俺がその事を伝えようとしたとき、フェリシアーノは再度口を開いた。

そして、一言。

子どもが出来た、と言った。

その言葉に俺は目の前が真っ暗になるような錯覚に陥った。






今まで女の子と何回か遊んだりはしてきたけど
でも、最後までした事はないんだ。
いつも買い物してご飯食べてさよなら。
楽しいなんて思った事ないんだ。



菊に気にかけてほしい。


菊に愛されたい。


確信が欲しい。


安心させてほしい。そんなことばっかり考えてたらしい。



そして、そんなある日女の子の買い物に付き合っている最中に菊を見かけた。
これはチャンス、とそのままその場を動かずにいた。
むしろ通りから見えるような場所へ移動した。

それから菊ちゃんはフェリシアーノに気づいた。
でも、その横には兄のロヴィーノもいた。
そして菊ちゃんは泣くでも駆け寄ってくるでもなく、その場を立ち去った。



菊ちゃん反応を見て、フェリシアーノはどん底に落とされたような気分になり

そのまま、その女の子と寝たそうだ。



そうして子どもができてしまった。


フェリシアーノは小さく笑っていた。







でも、これで菊を解放できるんだ。俺から・・。

















「幸せに、なってほしいわぁ」

「・・・そうだね」

「ちゃうよ。」

「え?」

「フランシスに、やで」


アントーニョは悪戯が成功した子どものように笑った。
俺は訳が分からなくてただ、バカみたいにアントーニョを見つめていた。


「やって、フランシス本気で菊ちゃんの事好きやったやろ」


やからフェリちゃんが浮気しよるって聞いた時、フェリちゃんに忠告してあげたり

結婚するってフェリちゃんが言いに来た時に殴りそうになったりしたんやろ?

菊ちゃんの事、本気ですきやったんやろ、親分知っとるんで。





アントーニョの言葉に小さく笑ってしまった。

こと、と音がした。

新しいコーヒーを入れてくれたらしい。




「ロヴィーノは大切にしてる。」

「うん」

「フェリちゃんも、ちょっと間違えただけや」

「・・うん」

「菊ちゃんは今、幸せそうやで」

「そうだね、お兄さん嬉しい。菊ちゃんは笑顔が似合うからね」





菊ちゃんの事は確かに好きだった。

可愛いし、一緒にいると面白いし、話は合うし。

自然体でいられる相手。

それは、とても素晴らしい事。



でも、アントーニョにばれるとは・・。




「フェリシアーノの子ども。今度見に行くか。」

「え?」

「茶化してやろうぜ。ギルとルートヴィッヒも呼ぶか」

「フランシス?」

「菊ちゃんの事、俺諦めてないよ」

「ハァ?お前」



グラスを拭く手を止めて驚いたように目を見開いて俺を見るアントーニョ。

俺はまた小さく笑った。
そしてまだ湯気の立つコーヒーを飲んだ。




「ロヴィーノがもし菊ちゃんを放したら・・。その時は俺が包んであげる。」




温かい愛で包んであげる。


絶対に放さない。


放してほしい、と菊ちゃんが頼んでも。


俺は絶対に手放さない。





「だからロヴィーノにはしっかり菊ちゃんの手を握って貰わないとな」

「ほんまやな。今度ロヴィーノに言うとくわ。変態が菊ちゃん監禁しようとしよるって」

「ちょっ、やめて!菊ちゃんと話も出来なくなったらどうるすの!」





でも、きっと大丈夫だろう。

菊ちゃんはロヴィーノと幸せになるのだろう。

そして、俺はそれをみて茶化して。

アントーニョは笑っていて。

そのうち俺は奥さんを貰って子どもを授かって。

でもきっと心の奥底で、菊ちゃんを想っているのだろう。








ただ願うのは、あの子の笑顔だけ。





END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ