シリーズ小説

□転がり始める
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「すみませんでした、いきなり・・。」

「気にしないで。それにお昼、菊ちゃんと食べれたしね。」




いつもどおり。

何もなかったように。

でも、そうじゃない。

そうじゃないんだよ、ね。










あの後、車で俺の家に向かった。
その間、菊ちゃんはいつもどおりだった。
先ほどまでの、俺に縋るような様子は微塵も感じられなくなっていた。







簡単な料理を作って、一緒に食べた。

菊ちゃんは料理の手伝いもしてくれた。

食べている時も美味しいを連呼して笑顔でいてくれた。

俺の軽口にもいつもの調子で返してくれた。







「本当に、フランシスさんの料理は美味しいですね」

「メルシィ、菊ちゃん。」





本当なら、このまま別れるのがいいのだろう。

そうしたら、菊ちゃんは笑顔のまま帰れるのだろう。

俺の前では。





「菊ちゃん、」

だけど、

「なんでしょうか?」

そんな事、何の解決にもならない。

「聞きたい事があるんだ」

だから、俺は君に聞くよ。

「アイツと、アイツらと、何があったの?」

君の事が、大切だから。













「え、何を・・?」

「誤魔化さないで。どうしても言いたくないんなら、それでも良い。」

「フランシス、さん・・・。」

「俺で良かったら話を聞くよ。絶対誰にも言わない。だから安心して。」



卑怯だな、俺も。

こんな風に言ったら、菊ちゃんは言ってくれるって分かっている。

ごめん、でも。

君を助けたいんだ。







「あ・・、バレ、ているのですか・・・。」

「きっと気づいているのは、俺と・・・、アルフレッドだけだよ。」

「・・・アルフレッドさん」



菊ちゃんの顔から、笑顔が少しづつ消えていた。


そして俺は、どうしようもなく悔しくなった。





「アルフレッドさんも、知っているんですね・・。」

「・・・うん。」

「・・・・・私、」





それから、菊ちゃんはぽつぽつと、言葉を落としてくれた。

アーサーに想いを告げられた事。

そしてまた、菊ちゃんもアーサーに惹かれていた事。

アルフレッドの視線。

たくさん考えて、考えた末の、菊ちゃんの結論。




「アーサーさんとアルフレッドさんには幸せに、なってほしいんです。」



菊ちゃんは、柔らかく笑っていた。

決して自嘲的な笑いでも自虐的なものでもなく。

だからきっと、本心なのだろうけど。




それはとても、悲しい結論。




「菊ちゃんの、気持ちはどうなるの?幸せは?」

「私は、いいんです。私はもう爺ですし・・、それに」







私では、どちらも幸せにしてあげれませんから。

きっとどっちも不幸にしてしまいます。

お二人も、一時の気の迷いでしょうし・・・・。

こんな、面白みも可愛げも何もない、爺ですよ。







菊ちゃんは笑っていた。
笑顔だった。

その笑顔は、俺の心をぎゅうっと握って。
泣きたくなった。無性に。





「お兄さんは、菊ちゃんを幸せにしたい。」





考えるよりも先に身体が動いていた。
菊ちゃんの小さい身体をぎゅっと、抱きしめた。
強く、強く。痛いくらいに。



驚いた菊ちゃんは抜け出そうとするけれど。

それを許さないように。




そうしないと、消えてなくなってしまいそうだった。




「菊ちゃんの気持ちは?」

「私の・・、きもち・・・・・」





「菊ちゃん、泣いて。辛いなら、泣いていいんだよ。」
「誰も笑わないし、誰も責めない。」
「俺が、誰にも見せないから。だから、我慢なんてしないで・・・。」



菊ちゃんはもう、抜け出そうとはしなかった。
代わりに、ぎゅッと、俺の腕を握ってそして顔をうずめた。



小さな、小さな、啜り声。

じわりと暖かくなる胸元。

俺の目にも、どうしてだか水滴が。

それをごまかすように、菊ちゃんを抱きしめた。


































「ありがとうございました、か・・・・。」



夕方、菊ちゃんは帰って行った。
ホテルまで送ると言ったが、やんわりと断られた。


菊ちゃんは、目元をほんのりと赤くさせて。

俺に、お礼を言ってぺこりと頭を下げた。

それから、小さく微笑んでくれた。





その笑顔は、今日見た笑顔の中で、一番優しくて温かくて、美しかった。













ジリリリリン―――


『はい、もしもし』

『フランシスかい!?菊は?菊はいるかい!?』

『アルフレッド・・。』

いきなりの電話の相手はアルフレッドであった。
よっぽど焦っているのが声からでも分かる。


『菊ちゃんなら、ついさっきホテルに帰ったよ。』

『・・やっぱり君のところだったんだね』




分かっていたくせに。

いざ結果を提示されると、機嫌が悪くなる。

まるで子ども。




『まぁな。それより、お前、今日何かしただろう』

『・・・何かって?』

『とぼけるな。分かっているんだろ。』

『・・・君に関係ないだろ。』




アルフレッドはどうしたいんだ。

菊ちゃんを好きだと言うが。

それにしたって。




『お前はやっぱりずるいよ。そして、アーサーも。』




ずるいさ。

そうやって巻き込むんだ。

いろんな人を。

菊ちゃんを悲しませるんだ。

でも、絶対に嫌われないんだから。




『・・・・なんなんだい・・・。』

『二人は、うまくいくはずだった。だけど、そうできなかったのはお前のせいで。』




アーサーと菊ちゃん。

アルフレッドとアーサー。

菊ちゃんとアルフレッド。

俺と菊ちゃん。





『これからもっと酷くなるのは・・・・、それは・・・、俺たちのせいだ。』





君を守りたい。


君にこそ、幸せになってほしい。


そう思う俺は、いけないのかな。





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