短編

□未来
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“殉国”って言葉、知っていますか?




一緒に、何をするわけでもなく

個々に雑誌や漫画を読んでいる時にふと、菊ちゃんがつぶやいた言葉。

正直菊ちゃんの言わんとしている事が分からなかった。




「いや、知らない、かな?聞いた事もないと思う。どうかしたの?」

「そうですね、最近じゃあまり使われない言葉ですから」







俺と菊ちゃんは恋人ではない。

いや、その言い方には語弊があるかもしれない。

一般に、休日一緒に過ごして、互いに相手の事を考え想い、そして身体を重ねることが

世間一般でいう、恋人の定義なら俺たちはそれに当てはまる。

でもそれに愛をささやくとか、好きだと伝えるというのが加われば話は変わるけど。

俺は菊ちゃんに愛していると言わない。

好き、でさえも言わない。

同様に菊ちゃんも言わない。










「フランシスさん、死は時を選ばず訪れるんです」


いつの間にか持っていた漫画を閉じてしまっている。

かくいう俺も、雑誌なんてとっくの昔に放置しているんだけど。




「楽しくお喋りしている時、美味しいご飯を食べている時、大好きな人に会っている時」

「ただ、ただ普通にいつもと同じ空間なのに、いつもと同じ自分なのに」

「それはいきなり、前触れもなく訪れるんです。」


菊ちゃんは冷たい、冷たい笑顔でそういった。

それは自分に言い聞かせるように。

それは、とても悲しい笑顔。

それは、どうしようもない事実。










「菊ちゃん、今日は夏だって言うのに冷えるね。」

「フランシスさん・・」

「お兄さんといいことしない?」



そっと、出来るだけ優しく抱きしめていつもの調子でそう言う。

くすくす、と笑った菊ちゃんの耳は少し赤くなっていた。




「もう、爺を労わってください」

「ふふ、お兄さんまだ若いからね」

「優しく、してくださいね。フランシスさん」



ふわっと、綺麗に笑う菊ちゃん

了解、と耳元で呟くとさらに菊ちゃんの耳が赤くなるから少しだけ笑ってしまった。






























でも、“殉国”か・・。

自らの命を捨てて、ただ国のために尽くす事。

国のために、自分の命を捨てる事。



本当は知っていた。

そして菊ちゃんが誰よりも優しい事も。


優しい優しい菊ちゃんは忘れられない。

自らのために命を捧げた者たちを。

それが菊ちゃんを縛っている。

愛する事を拒ませる。

愛されている事を否定させる。




本当は菊ちゃんに好きだと伝えたい。

愛していると伝えたい。


だけど菊ちゃんは受け取らない、受け取れない。


優しい菊ちゃん。

可哀想な菊ちゃん。

幸せを望んでいいのに。

愛を受け入れていいのに。



あぁ、どうしようもなく羨ましい。

菊ちゃんに永遠に想いつづけて貰えるであろう者たちが。

菊ちゃんを永遠に縛り続けられる者たちが。





(でも、俺は想い続けられるんじゃなくて、縛りつけるんじゃなくて、

想い合って、一緒に幸せになりたいんだよね。)



そしてそれは、そう遠くない未来・・。




END

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