短編

□夏の暑い日
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「暑いです」

「そうですね」

「暑いです」

「夏ですから」

「・・・暑いです」

「・・・あなたねぇ・・」

「あにさまーっ」




情けない声を出す菊を見る。
汗をかいていて、長めの髪が顔にはりついている。
頬も少し赤みがさしている。



「うるさいですよ。」

「だってあにさまぁ、暑いんです」



ここは教室で、今は昼休み。

そこらへんの奴に買ってこさせた(パシリじゃないですよ。暇そうだったんです)

パンを机の上において食べていた。

菊はメロンパンを。私はクロワッサンを。




そして、どういうわけか朝からこの教室のクーラーが壊れてしまい

扇風機やうちわなんて気の利いたものもないここは蒸し風呂のようになっていた。




「あにさまは暑くないんですか?」

「暑いですよ」

「でもあにさまは汗をかいていませんね」

「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですよ。」

「流石あにさまです」



ぱちぱちぱち、とい拍手とにこにこ、と音でもつきそうな笑顔の菊。

私も暑いのは苦手だが、私以上に菊は暑さが苦手なのだ。

手のメロンパンもいっこうに減る気配がない。




「菊、ちょっと待ってなさい。」

「え?あにさま?あにさまどちらへ?」

「すぐ戻ります」




























菊は無防備だ。

争いを好まないし、人を嫌う事もまた動揺に。

嘘はつけないし、すぐ他人を信用するし、食い意地は張っているし。

まったく。仕方のない子ですね。









「本田!放課後遊びに行こうぜ!」

「この前、菊が言ってた本を見つけたんだが。」

「それより・・・」





「菊、何をしているのですか」




ちょっと目を離したすきに菊の周りには
金髪やら銀髪やらヘタレやらツンデレやらが群がっていた。


菊はというと微笑みながら話を聞いているのだがら腹立たしい。




「あにさま!お帰りなさいませ」



椅子から立ち上がって私に笑顔を向ける菊。

周りのモノをひと睨みすると舌打ちやら鳴き声やらを残しながら視界から出て行った。




「菊、あなたは本当に・・」

「あにさま?どうしたんですか?」

「もういいです。知りません。勝手に誰とでもお遊びなさい。」

「あにさま・・。何でそんな事、言うんですか・・。」



呟くように菊はそう言った。

声は先ほどまでと打って変わって泣きそうに・・。




「あなたは私なんかどうでもいいのでしょ?」

「違います!あにさま、私は、あにさまさえ居てくれればいいのです。」



他のものなんていりません。そう言って菊はぎゅっと手に力を込めた。

菊の手は力が入りすぎて、白くなっていた。




「意地悪を言ってごめんなさい、菊」

「あにさま・・。そういえばさっきはどちらへ?」

「あぁ、これを買いに行っていたんですよ」

「あにさま、これは」

「全然お昼を食べていないじゃないですか。
これを上げますからメロンパンだけでも食べなさい。いいですね?倒れてしまいますよ?」



そう言って私が差し出したのは120円のパックの緑茶。

たったそれだけなのに菊は花が綻ぶように微笑むのだ。私に。



「あにさま、ありがとうございます!大好きです」

「私もあなたの事が大好きですよ。」






そう、誰にも菊は渡しません。

菊は私のモノなのですから。

私から奪うなんて、許しません。




END
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