短編
□喧嘩?いいえ、演技よ
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「もういいある!」
もはや会議というには賑やか過ぎる集まりが終わって
早々と部屋を出ていく者、他愛もない雑談をする者、仕事の事について話をしている者などがいる会議室は、お世辞にも静かとは言えない。
そんな会議室に王の声が響き、ついで扉が乱暴に閉まる音がした。
五月蠅かった部屋がいっきに静かになったのは言うまでもない。
そしてみんな一様に一人の人物を見つめている。
そう、王の自慢の弟である本田菊を。
「菊、あんな言い方ないんだぜ!」
「勇洙さん。そうでしょうか?」
勇洙の言葉に首をかしげる菊。
周りはまだ静かなままだ。
「私は真実を言ったまでです。まぁ、それが耀さんの気に触れたみたいですが。」
「菊・・、お前は兄貴の事が嫌いなのか?俺たちを、もう家族だとは思ってくれないのか?」
勇洙の表情は、今にも泣きそうだった。
そんな表情を勇洙がするのを見た事がない欧州の者はとても驚いた。
あの勇洙が、そんな表情をするのだと。
「家族、ですか。はぁ・・。勇洙さんの考えは分かりかねます。」
「菊っ!」
「裏切ったのは私で、その私を嫌ったのは貴方たちではないですか」
菊の声には感情がなかった。
まるで機械のように。
だけども、有無を言わさないような芯を持っていた。
「私の事はもう構わないでください。私たちは、他人です。」
「菊っ!!お前・・っ!!」
今にも菊に掴みかかりそうな雰囲気の勇洙。
それでも菊は態度を崩すことなどなく、まっすぐに勇洙を見つめる。
「勇洙、行くぞ」
そんな一発即発の雰囲気を壊したのは、香だった。
先ほどまで席をはずしていたみたいだがいつの間にか戻っていたらしい。
「菊兄、勇洙は連れて行きますから。」
「お願いします。」
「菊っ!まだ話は終わってないんだぜ!」
首根っこをつかまれた勇洙は放せと抵抗するが、香の腕はびくともしない。
その体格の良いとはいえない身体のどこにそんな力があるのか。
これがアジアの神秘か。
「それと、菊兄。先生も勇洙も、俺も湾も。菊兄の帰りを待ってますよ。
なんだかんだ言っても、先生は菊兄が大好きみたいですから。
もちろん俺も好きっすよ。l love you」
そう言って香は口の端をあげて笑ってから扉を開け、出て行った。
扉の向こうから勇洙の馬鹿でかい声で「俺も好きなんだぜーっ!!」と言った言葉が聞こえてきた。
その叫びを聞いた菊は小さく笑った。
「あー、本田。」
「ルートヴィッヒさん。どうされました?」
「いや、何だ。王が随分と怒っていたようだが・・。」
「そうですね。今回はいつも以上に怒ってました。」
何でもない事のように、寧ろどこか面白い事のように話す菊。
ルートがそれ以上先を聞くべきか思案していると、後ろから独特の鳴き声が聞こえ
グラっと菊の身体が揺れた。
フェリシアーノが抱きついたのだ。
「ヴェー、菊は王が嫌いなの?」
どこか気の抜けた声に菊は微笑んだ。
「大好きですよ。耀さんの事。勇洙さんも香さんも、湾さんも。大切な人たちです。」
「ヴェー?でも菊」
「私もどこか歪んでいるんですかね。大好きだけど、大嫌いなんです。」
そう言って静かに微笑んだ菊の表情にその場残っていたものは見惚れざるをえなかった。
それ程までに、幻想的で儚く、だが内に秘めた強さを持つ美しいものだったから。
「ヴェー、菊可愛い!」
「爺だって何度言ったらわかるんですか。」
何だかんだで亜細亜の奴らは仲がいいのだ。
これもきっと、それの延長戦上だろう。なんて。
END