短編

□宝物はそっと心の中へ
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――パリン、ガチャン、ビリ、バサバサ、





絶え間なく小さな空間に響く破壊音。

躊躇も戸惑いもないその行為。

止まる事のない音。

一つひとつの音が菊を苦しめているのに。






























昼過ぎ

今日は朝から天気がよく、まさに秋晴れと呼ぶような気候であった。


菊は昼ごはんを食べた後、バケツとぞうきん、はたきを持って蔵へと入って行った。
久し振りに蔵の掃除をしようという事だった。

何だかんだと忙しい事もあり蔵は長い間、時に身を任せていた。
故に埃が溜まりにたまってしまっていた。








2時間ほどが経った頃だろうか。

掃除も中盤を過ぎたとき、大きめの箱を見つけた。



「・・?これ、なんでしたっけ?」


蔵の中のものは古い物から比較的新しい物までさまざまなものが置かれている。

中には、見ただけではそれが何だか思い出せないものも少なくはない。





菊は薄らと埃のかぶってある箱をぞうきんで拭いて、そっと蓋を開けた。

そうして中から出てきたのは古い本だったり、古風なグラスだったり少し黄ばんだ紙きれだったり。

日本製品だったりそうじゃなかったりと、実に様々な物が中には入っていた。
菊はその箱を持ち上げると、家へ戻って行った。


















そうして一番奥の部屋。

書斎として使っている菊の家で唯一の洋室だ。
部屋に入って、机の上に箱を置き菊は一つひとつを手にとって眺めた。








「懐かしいですね、確かこれはアーサーさんから頂いたものですね」


菊の手には小さくシンプルなデザインながら、高価な上質の物だろうブローチ。

それを眺めながら菊はその時の事をそっと思い出す。

そしてふわっと花が開くように微笑んだ。



「これはフランシスさんから頂いたワイングラスです」


フランシスの家に初めて招待された時、出されたワインが本当に美味しくて感動して、少し興奮してしまった。

そんな菊を見てフランシスは大変喜ばしく思い、菊にワインとこのグラスを贈ってくれたのだ。

そして、フランシスは菊の家を訪ねる時、良いワインが多く出来たときにはお裾分けをしてくれる。







「本当に、懐かしいですね」











「何がだい?」



ヒヤっと、背中に冷たい氷でも入ったかのような感覚に一瞬、陥った。


ギギギ、と音でも出そうな動作で首と後ろへと向けるとそこにはアルフレッドが立っていた。




「アルフレッドさんでしたか。驚かさないでくださいよ。」

「ごめんごめん、でも俺は玄関から君に声をかけたんだぞ?けど返事がなかったから寝てるのかと思ったんだよ。」



驚かせるつもりなんてなかったんだぞ、そう言って笑うアルフレッドはさながら大型犬のようだ。と菊は思った。

別段、怒っているわけでもない菊は分かっていますよ、と言ってすわっていた椅子から腰をあげた。

むろんアルフレッドにお茶を入れるためだ。


だが、立ち上がる事は出来なかった。

なぜなら、菊の肩をアルフレッド自身が押さえたからだ。




































パリン――


それは軽快な音をたてて、粉々に割れた。
元の形なんて、破片からは想像もできないくらいに。



バキャ――


金色の、繊細な細工が折れ上品にあしらわれていた薔薇の飾りは飛び散った。
もう着ける事も眺める事も叶わなくなってしまった。



ビリビリ、バサ、グシャ――



大切なモノたち。

嬉しかった贈りモノたち。




初めてもらったワイングラス。

同盟を結んだばかりの頃、不機嫌そうな顔を真っ赤にさせながら渡されたブローチ

憲法を学ぶために伺った私にたくさんの事を教えてくださる為に頂いたさまざまな本

可愛いイラストの本は小さい頃、夜寝る前に必ず読んでもらっていた夢物語

普段はうるさい手のかかる弟のような彼が小さい頃初めてくれた花はしおりにして

遠い国の友人から貰ったたくさんの手紙

大好きな仲間と撮った思い出がいっぱいの写真

昔、うつけ者と呼ばれていた彼から贈られた着物の帯

鎖国時代にもお世話になった大阪藩さんから頂いた簪








フランシスさんから頂いた。

アーサーさんから頂いた。

ギルベルトさんから頂いた。

耀さんから頂いた。

ヨンスさんから頂いた。

フェリシアーノ君から頂いた。

ルートヴィッヒさんから頂いた。

アントーニョさんから頂いた。

大好きな、大切な、自国民から頂いた。










「どうしたんだい?」



心底分からない、という風な声色。

私に触れるアルフレッドさんの指は、温かくて優しくて。





「どうして泣いているんだい?菊。そんなにあんなものが大切なのかい?」




アルフレッドさんが言う、あんなものは、確かに私にとって“宝物”だった。


一つひとつ、思い出があった。

一つひとつに、相手の気持ちがこもっていた。





「いらないだろ?だって君には俺がいるんだから。」


当然だろ、そう言うアルフレッドさんは。

その声色は本当に、ただ真実を言ったまでだとでも言わんばかりで。







目線を部屋の隅に向けると、そこには何だったか分からないくらいに敗れた紙や本やグラスやブローチが。

大切な、宝物だったそれらはもう、元に戻る事はない。





「アルフレッドさん・・、ごめんなさい・・。」

「何で菊が謝るんだい?俺は怒ってなんかないんだぞ?」




そう言いながらも、ギュっと私を抱きしめるアルフレッドさんは、本当に小さな子供のようで。




ごめんなさい、ごめんなさい、そう呟く菊にアルフレッドは薄い笑いを浮かべていた。



菊の目線が、アルフレッドではなく



先ほどまで形をとどめていた、ガラクタにだとは思いもせず。





END

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