短編

□偽りの愛でいいから
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偽物でいい

本物なんて望まない

一番なんて

愛してほしいなんて

抱きしめてほしいなんて

口付けてほしいなんて

ましてや、触れてほしいなんて



そんな事


そんな事









「お前は騙されているんだ。アイツに・・。だから」



アーサーさんが言う

あの人が、私の事を騙していると

そんな事を、アーサーさんは必死に言う



「あいつはただ、お前をからかっただけなんだろうな。なぁあいつと会うのは・・」

「アーサーさん、知ってます」

「・・え?」



驚き、焦り、戸惑い


引き攣った笑みのアーサーさんをただ、見つめる

外はもう、日が沈もうとしていた




『大好きだよ。大丈夫、怖がらないで』



『誰もいない、俺しかここにはいないから。』



『俺は好きだよ。菊ちゃんの事なら、どんな事でも。幻滅なんてしない』



『だって、俺は君の恋人だからね』





「あの人の言葉はいつだって優しくて、温かくて・・・。偽りでも、良かった」

「・・本田、それは」

「暇つぶしでも、利用されていても、遊びでも何でもいいから、言葉が欲しかったんです」



滑稽な、私

それでも良かった

全部知らないふりをして

何も知らないふりをして

あの人の言葉に溺れていたかった

温かい、優しい言葉の海に包まれていたかった




「お前は、それで悲しくないのか」

「悲しい・・。そんな事、考えてもみませんでした」



私が誰かに愛される資格なんてあるのか

誰かを愛す事が出来るのか

そんな事ばかり考えてしまう私には

偽りの愛がちょうど良かったのです

そのでも、確かに私は嬉しかったのですから

確かに、幸せだったのですから

まだ、愛してほしいなんて

本当の愛が欲しいなんて、言える訳がないのです




























好きだった

でも、伝えれなかった

本田は俺なんて見ていないから




「騙されていると分かっていて、それでもまだあいつのところに行くのか・・?」




ずっと見ていた

だから気づいた

二人の事、そしてあいつの考えを

愛の国だ博愛主義だほざいている

それなのに、本田を見る目がいつからか変わった

本田が、あいつを見る目が俺やその他のやつに向けるものと違う事に気づいた



絶望した



なぜ、よりによってあいつなんだ

どうして俺じゃない

どうして、なんで



そんな事ばかりが頭の中をぐるぐる回っていた




ある会議の時に、前日からの不調もあり

俺は屋上で気分でも変えようと普段なら行く事もない屋上へ足を運んだ

屋上へと続く階段を上り、鉄の重いドアを開けて目に入ったのは

青い空でも、綺麗な街並みでも、ただの柵とコンクリートでもなく

抱き合っている本田とフランシスだった







考えるよりも先に、身体が動いた

ドアを閉めて、その場からゆっくりと

それこそいつもよりも遅い位のスピードで歩いて階段を下りた

一刻も早くこの場から離れたいと思うのに足が思うように動かない

うまく息ができない

気持ち悪い、きもちわるい、キモチワルイ―――





吐いた


吐くものなんてそんなに入っていた胃袋は


それでも何かを吐きだそうとして







気持ち悪い







会議が始まり、アルフレッドの横に座っている本田を見る

手元の資料をいつもと変わらない表情で見ている


俺の向かいから左に2つ、そこにいるフランシスに目を向けると

隣のアントーニョと話をしながら笑っていた



違和感



会議も終わりに近付いてきたとき

本田とフランシスの目線が交差した

その時に気づいた

これが恋人を見る目だろうか

これが、好意を抱いている相手を見る目だろうか





あぁ、気づきたくなかった

こんな、悲しい






























今更こんな事

きっと君は目を背ける

きっと君は嘘だと笑う

だから、俺はこのままの生ぬるい関係にすがる






「大好きだよ。」

「光にあたってきらきら光るこの髪も」

「美味しそうなバター色の肌も」

「細くて柔らかいこの腕も、足も」

「長くはないけど、可愛いこの指も手のひらも」

「菊ちゃんを作っている全部欲しい、どれも大好き」

「そのちょっと低い声も、吐息も性格も。全部愛したい」





こんな風に言葉を重ねても

君の中には残らない

どんなに大声で叫んでも

会議室の、他の奴らがいる前で言ったとしても

君は信じてはくれないんだろうね





「お前、本田にちょっかい出すのやめろよな」

「何々、坊ちゃんやきもち?」

「ちげぇよ!」



アーサーが菊ちゃんを好きだなんて事は

たいていの者が知っている事実

分かりやすい言動ゆえだ

ただ、菊ちゃんは微塵も気づいてないんだけど




「別に、お前には関係ないよ。アーサー」

「・・・、菊を泣かせたら殺すからな」



アーサーは気づいたのかもしれない

俺達の関係が、おかしいものだという事に




やっぱり、おかしいのだろうか








「菊ちゃん、寒くない?」

「少しだけ・・。でも大丈夫ですよ」



そう言って少し頬を赤くして笑う菊ちゃん

屋上は誰もない

だからこそ、ここで二人時間を過ごすようになった



「おいで、温めてあげるよ」



そう言って菊ちゃんを抱きしめる

驚きか、それ以外の何かからか

菊ちゃんは身体を固くして息をつまらせた









ガチャ、小さな音がしてドアが開く

アーサーだ

俺たちを見てかたまって、それからゆっくりとドアを閉めて・・・




幸い、菊ちゃんからアーサーの姿は見えなかったみたいだ








背中をニ、三回ゆっくりとさすり

寒いねぇー、といつものようにいうと

菊ちゃんも笑って俺の腕を掴んでくれる


「本当に、寒いですね」




俺が君を見る目は、まるで新しい玩具を見つけた子どものように見えているんだろう


そして、菊ちゃんが俺を見る目には

救いと、自身への絶望と、自嘲と・・・

俺への依存、俺へ縋る様なそんな瞳



そこには愛や恋や

甘くて優しくて苦くて綺麗な感情なんてない






でも、俺は、本当は―――






伝えれないなんて


なんて悲しい事なんだろう


信じてもらえないなんて

なんて苦しい事だろう




なんて俺は、臆病ものなんだろう





END

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