気付いたら隣に…

□鍛練の途中で
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曲者だと思った。

いつもの夜の鍛錬で裏々山まで行けば、あるはずのない人の気配がある。
己の気配も隠せない、身の程知らずの侵入者だと…思ったのだが、どうも様子がおかしい。
進む速度が異常に遅い。
しかも方向が定まっていない。
不審に思って近付くと、そこには一人の女がいた。

もちろん忍者として、女だからといって油断をするつもりはない。
くの一という可能性だってあるのだから。

だが…

そいつは薄手の着物一枚を腰紐で結んだだけといういでたちで、懐に苦無の一本も仕込めそうにない。
弱々しい気配は、気配を消すのが下手な訳じゃなく、そんな微弱な気配しか発せない程に弱っているようにも見えた。
何より俺の存在に気付いていないのに、そろりそろりと歩く姿は演技じゃなくただの迷い人に思える。

だが、どこから来たというのか?

裏々山の近くには、一般人が通るような道はない。
どれだけ迷えば、ここにたどり着くのだろうか。

…左門じゃあるまいし。

委員会の後輩を思い浮かべつつ女を見る。
だが女は足を進めるものの、その位置はなかなか変わらない。
いつまでも見ていても仕方がないと思った俺は、女の背後へと降り立った。

「おい」

声を掛けるが反応がない。
…いや、反応はあったか。

ビクつき、動きを止めるという反応が。
木にすがりついているが、まさか隠れているつもりじゃないよな?

息を潜める女に、俺は再び声をかけた。

「そこで何をしている?」

そこで女はゆっくりと振り返り、俺は息をのんだ。
恐怖と不安に押しつぶされそうになっている、弱々しい表情。
それが、俺を見た瞬間に安堵の色を浮かべたのだ。

なっ、なんでだ!?
警戒するところじゃないのか!?
いや、騙されるな、演技だという可能性も…。

頭ではそう考えるのに湧き上がってくる感情が真逆で、俺は内心うろたえた。

これはなんだ?
庇護欲、と言うのだろうか?
頼りなげな女を助けたい衝動に駆られるが、なんとかそれを押さえつける。

だが次の瞬間、目の前で崩れ落ちた女に、俺は駆け寄っていた。

「お前…」

何者だ、とか、どこから入った、とか、
聞かなければならない事は山ほどあるのに。
へたり込んだ女の、その表情を見て、

「…大丈夫か?」

思わずそう問いかけていた。

呆然としていた女が、俺を見上げる。
そして体ごと投げ出すように俺にすがりついてきて、慌ててそれを受け止めた。

おい! 無防備過ぎるだろ!
俺が敵だったらどうするんだ!?

そうは思ったものの、僅かに震えるその体を感じて、この女にはそんな余裕はないのかもしれないと思い直した。
そして行動だけじゃなく、あまりにも無防備なその格好にドキリとしたが、そんな自分を叱責する。

目を逸らすな。
これは、くの一の『色』かもしれないんだ。

そう自分に言い聞かせ、もう一度その女を見ると弱々しい声で女は問うた。

『ここはどこですか?』と。

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