気付いたら隣に…
□鍛練の途中で
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だが場所を答えても、逆にこちらが質問をしても女は困ったような表情を浮かべるばかり。
一瞬、口が利けないのかとも思ったが、先ほど問いかけられたこと思い出してその考えを否定した。
俯いてしまった女を見下ろしながら、どうしたものかと考えていた時、ふと先日読んだ本の内容を思い出した。
頭に強い衝撃を受けたりすると、人は記憶が飛ぶらしい。
まさか…と思い、確認の為に問いかける。
「…名前は?」
「…城崎、素子です」
迷わず答えた女に対して、漏れた吐息は安堵か呆れか。
「…名前はわかるのか…」
予想外の返事にまた迷いが生まれるが、いつまでも考えていても仕方がない。
俺は、わからないことではなく、わかることを整理してみようと頭を巡らせた。
わかっていることは、
この女が『城崎素子』という名前だということ。
武器や暗器の類は隠し持っていないこと。
少なくとも今の時点では、俺に敵意を示していないこと。
そして、考えられる二つの可能性。
この女が、くの一や間者だった場合どうなるか?
見たところ身体つきは華奢で、戦闘を得意とするタイプではない。
仮に抵抗を示したとしても、余程のことがない限り取り押さえるのは可能だろう。
逆に、この女が本当にただの迷い人だったとしたらどうなるか?
ここに放置してしまったら…どう転んでも悲惨な結果しか想像することができない。
となれば、結論は一つ。
「ここは学園の敷地内だ。勝手に入ってきた人間を放っておくわけにはいかん。先生方の元に連れて行くが異論はないな!?」
敢えて高圧的にそう言った俺に、女は素直に頷いた。
…だが。
すぐに立ち上がるかと思えばそうではなく、何故か自分の手のひらをジッと見つめていたりする。
俺は待ちきれず、女の二の腕を掴んだ。
「立て」
「…いっ!!」
……え?
顔を歪めて呻いた女を、再びそっと座らせる。
その手と視線の先は…足?
しゃがみ込んで女の足を覗き込めば、それは血と泥に塗れていた。
「裸足!?」
こんな山の中を裸足で歩くなんて、正気の沙汰ではない。
まして春とはいえ、夜ともなればまだまだ寒い。
「なんで…」
思わず口にした疑問と共に女を見れば、初めて視線を逸らされた。
そして唇を噛みしめ、涙をこらえている様子の女に、一つの単語が浮かび上がる。
人買い…か?
貧しい村などでは、年頃の娘を人買いに売る事がある。
そして娘は女郎屋などに売り飛ばされ、生き地獄のようなそこで死ぬまでこき使われるという。
この女は、人買いに売られ、そして逃げ出したんじゃないだろうか?
そう考えると薄着な事も裸足な事も、得心がいった。
こんな山の中に一人でいたのも、追っ手から逃れる為と考えれば辻褄も合う。
高圧的な俺の態度が、嫌な事を思い出させたか、あるいは怖い思いをさせてしまったのか。
ギュッと目を閉じて、体を強張らせる女に申し訳ない気持ちになった。
「…すまん」
聞こえたかどうかはわからない。
自分の罪悪感を払拭するためにそう呟き、俺は歩けそうにない彼女の体を持ち上げた。
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