気付いたら隣に…

□受け入れる決意
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ふと目が覚めて、最初に感じたのは静けさだった。
珍しく車の音がしない。
大通りに面している我が家では、滅多に出来ない目覚め方だけど…

…事故でもあったのかな?
というか、今何時だろう?

そう思い、いつも携帯を置いている枕元に手を伸ばそうとして、
自分が何かを握りしめている事に気が付いた。

…はて。
なんだろうか、これは?

手の中の物を確かめたいけど、眠くてなかなか目が開かない。
そんな自分をなだめすかして、なんとか瞼を持ち上げる事に成功すると、
目の前には、大きな二つの瞳があった。

「……」

「…起きたか」

…誰、だっけ?

ぱちぱちと瞬きを繰り返し、瞳の持ち主である青年を見る。
私の隣に寝ているけれど、同じ布団は被っていないようだった。

え〜っと、これって、どんな状況なんだろう?

まだ半分くらいは寝ぼけているのか、頭がちっとも働かない。
すると彼は自分の胸元を指さして言った。

「…放してもらえると、助かるんだが」

視線を彼の指先へ向けると、そこには…彼の服を握りしめている自分の右手があったりする。

「あっ! すいません!」

反射的に手を放し、身を起こそうとするけれど、

「いっ!…たぁ…」

布団の中で動かした足に、刺すような痛みが走ってうずくまってしまった。

い、痛い…けど。

おかげで思い出せた。
この痛みの理由と、ここに至るいきさつを。
怪我が現実だという事は、昨夜の出来事が夢ではないという事だ。

「おい、大丈夫か?」

「はい…すいません」

この人は、潮江文次郎さん。
私を助けてくれた人だ。

昨日の混乱の中で聞いた名前を頭の中で確認しながら、私は彼を見上げたた。

「おはようございます、文次郎さん。昨夜はありがとうございました」

うずくまっていた体を起こして挨拶をしたら、何故だかそっぽを向かれてしまった。
そしてよく見てみれば、文次郎さんの頬がほんのりと赤くなっている。

あ、あれ?
なんで?

不思議に思って文次郎さんを見ていると、彼はがしがしと頭を掻き、こちらを見ないまま言った。

「礼ならもう聞いた。…着物を整えておけ」

そしてそそくさと立ち上がって、部屋の入り口の方へと行ってしまった。

え、着物?

なんの事かと自分を見下ろしてみれば、確かにかなり乱れている。

まぁ、もともと寝巻用として買った、安物の浴衣だしね。
しかもキチンと着付けをした訳でもないし、森の中もさ迷い歩いたし、
もう、どう整えて良いのかわからないくらいにヨレヨレになっているのも仕方がないと思う。

だけど立ち上がることを禁止されていては、着直すことも出来なくて。
なんとか座ったままで襟の合わせを整えて、
見苦しくないようにしてみたけれど、ちゃんと出来ているだろうか。

ちょっと自信、ないや。

う〜ん、と唸りながら自分の浴衣を見下ろして、どうしようかと考えている時だった。

「おはよう、ちゃんと眠れた?」

先ほどとは違う声が、降ってきた。
文次郎さんよりも、柔らかな印象のこの声は…

「おはようございます。伊作さん」

治療をしてくれた、善法寺伊作さんだ。

「その足だと顔を洗いに行くのは難しいから、これで我慢してね」

そんな言葉と共に、濡れた手ぬぐいが差し出される。
そして衝立を立ててくれた伊作さんに礼を言い、私は顔と胸元を拭いていった。

せっかく直した浴衣が再び乱れたけど、それよりもベタつく肌が気持ち悪い。

少しずつサッパリとした感覚が広がって、目が覚めていく。
体を動かしているせいか、頭も働くようになってきて、

『現実』が、頭と体に染み込んできた。

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