気付いたら隣に…
□予想外の訪問者
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障子の向こうに気配を感じて、僕は呆れたため息をついた。
実習などがない日の夜、医務室にやってくるのは文次郎くらいだ。
夜間の鍛錬中に無茶や失敗をして、自力で治療が出来ない時、
気まずそうな顔をしてここに来る。
少しは体を休めろだとか、傷薬を多用する張本人なんだから予算を上げろだとか、
言いたい事は散々言って、その効果がない事もわかった今、
僕から出てくるのは苦笑か呆れたため息かのどちらかしかない。
文次郎も僕の言いたいことがわかっているから、なるべくなら医務室に来たくはないのだろうけど、
でも怪我を放置したら後で本気で怒られるということもわかっているから、
気まずいながらも医務室にやって来る訳だ。
もう少し寝れば、集中力も上がると思うんだけどなぁ…。
無駄と知りつつ、思わずにはいられない。
僕は在庫を数えていた薬をまとめ、引き出しに戻して文次郎を待った。
だけど…あれ、遅いなぁ。
気配はあるのに、障子が開かない。
不審に思った僕が障子を見るのと、その障子が軽い音を立てて開いたのは、ほぼ同時だった。
「失礼します。…っと、今日は伊作が当番か」
「文次郎、その子…!?」
入ってきたのは、予想に違わず文次郎。
だけど、その腕の中には予想だにしなかった存在があった。
僕らより少し年下くらいに見える女の子が、
あろうことか、文次郎に抱き上げられている。
不安げに部屋を見回す彼女は、どう見てもくのたまではなかった。
でも、文次郎と『女の子』のどこに接点があるのさ。
最近は町に行ったっていう話も聞かないしまぁ僕が知らないだけかもしれないけどでももし仮に接点があったとしても忍術学園に連れ帰ってくるなんて文次郎に限ってそんなことは…
咄嗟に色々考えながら、ふと『これが仙蔵だったらこんな風には考えないだろうな』と思った。
仙蔵の事だから、どこかで何かあったんだろう。
…くらいにしか思わない、きっと。
でも、文次郎だからなぁ。
女の子を抱き上げる文次郎に、思いっきり違和感を感じてしまう。
似合わないというか、柄じゃないというか…。
「裏々山に迷い込んでてな。足をみてやってくれ」
そんな時に聞こえた、文次郎の言葉。
足…?
我に返って見てみれば、彼女の足は泥と血にまみれてかなり痛々しい事になっている。
「傷だらけじゃないか!!」
相手が何者であろうと、例え何を考えていようと、
怪我に反応してしまうのは保健委員の性である。
僕の頭は瞬時に切り替わった。
まず泥を落とす水と、傷薬、化膿止め、包帯、それから…
治療に必要な物を頭の中に並べ、それらを順に用意する。
これが委員会活動中とか、一人で片付けている時だったら、
お約束の不運が発揮されて薬箪笥が倒れてきたりするところだけど、
何故か人の治療をする時にはあまり不運が発動しないというのは、不幸中の幸いかもしれない。
そんな事を考えながら、汲み置きの水をたらいに移そうとした時だった。
『伊作』
唐突に、文次郎から矢羽音が飛んできた。
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