気付いたら隣に…

□認められた隠事
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注意深く私を見る学園長先生を、じっと見つめ返す。

隠し事をすると決めている手前、後ろめたい気持ちがないわけじゃない。
だけど、悪意をもって彼らに接するつもりがないという事だけは、わかって欲しいから。
目を逸らしたくはなかった。

「住んでいた村の名前は、何というんじゃ?」

「東京、です」

村じゃないけど。

敢えて今、それを言う必要はないだろう。
今が『いつ』なのかは分からないけど、東京どころか江戸と呼ばれていた町も、存在していない頃のような気がするから。

案の定、学園長先生は聞いたことがない、と呟いた。
そして土井さんや文次郎さん達に視線を送ったけれど、彼らも首を横に振るだけだ。

「では、そこからどうやって裏々山まで来たんじゃ?」

「それも…わからないんです」

これは、本当に納得してもらえるかわからないけど。
でも、ありのままを話すしかない。
たとえ、それが分の悪い賭けのようだとしても。

私はコクリと息をのみ、小さく深呼吸をしてから言った。

「昨夜、自分の部屋で眠りについたところまでは覚えているんです。でも、気が付いたら森の中にいて…なんで、どうやって行ったのかは全く分からないんです…」

話していると、昨夜の恐怖と不安が蘇る。
震えそうになる声を抑え、私は深く息を吸った。

落ち着け、落ち着け、取り乱すな。

呪文のように、そう自分に言い聞かせる。

すると学園長先生は、事態を整理するように言った。

「そこで迷っている時に潮江文次郎に会った、と?」

「はい。本当に感謝しています。もし文次郎さんに出会えていなければ、私は…」

言葉が、続かなかった。

私は…どうなっていただろうか?

足の裏を傷つけながら歩き続け、やがて動けなくなり、そして…。
傷の痛みや寒さや空腹。
それ以上の不安と恐怖と孤独感。

文次郎さんに会った時ですら精神的には限界に近かったのに、それ以上の状況に追い込まれたら自分が耐えられるとは思えない。

思わず俯き、自分をぎゅうと抱きしめる。

そしてちらりと壁際を見ると、さっきよりも心配そうな表情を浮かべている文次郎さんと目が合った。
その姿を見て、自分はこの人に出会えたのだからもう大丈夫なんだ、という実感と安心感が湧きあがり、
知らず、やんわりと笑顔になっていた。

「ときに、素子よ」

「はい」

呼ばれて再び学園長先生に向き直ると、

「ここがどういう場所かは知っておるか?」

予想外の質問をされて、少し戸惑った。

私についての質問が続くと思っていたのに、なんだろう?
不思議に思いつつ、記憶を堀りおこす。
私、ここについて何か知ってたっけ?

「いえ…『学園』とだけしか…」

そういえば詳しくは聞いていない。
学園長先生がいて、土井さんが先生で、文次郎さんと伊作さんが生徒だという事はわかるけど。

「ここは忍術学園、つまり忍者の学校じゃ」

「はぁ…」

に、忍者?

何を言われているのかがよくわからず、曖昧に返事をしてしまった。
だけど、忍者っていきなり言われてもなぁ。
私にとっては空想上の職業だし、どう反応したら良いのかわからない。

「素子は、忍者をどう思う?」

はい?
いきなりそんなことを言われても…。
あぁ、でも。

私の脳裏に、昨夜の衝撃が蘇った。
私を軽々と抱き上げ、ものすごい速さで走っていた文次郎さん。
そうか、あれは忍者だからか。

「…凄い、ですね」

「ほう、何がじゃ?」

学園長先生は、なんだか面白そうだ。
探るような視線ではなくなっていて、少し話をしやすくなったと思いながら、私は感じたままを口にした。

「昨夜、文次郎さんに運んでいただいた時、凄くびっくりしたんです。あんまり軽々と持ち上げられたもので…」

すると学園長先生は、一瞬驚いた顔をした。

「…それくらいのこと、忍者でなくても出来るじゃろう?」

「え、そうなんですか?」

この時代の人は、力持ちなんだろうか?
もしかして、女の人も?
だとしたら現代でも非力で運動音痴だった私なんか、どうなってしまうのだろう?

今後の事を考えて一抹の不安を感じていると、学園長先生が、ふぅむ…と唸った。
そして顎に手を置き、何かを考える素振りを見せた後、静かに言った。

「城崎素子よ。今、申した事に偽りはないな?」

「はい」

信じてもらえたのだろうか?
期待を込めて、力強く頷いたけれど…

「じゃが」

次の言葉に打ちのめされた。

「隠している事は、あるな?」

その確信しているような物言いに、誤魔化しはきかないのだと悟った。

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