気付いたら隣に…

□純朴娘と鈍感男
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その後、土井先生は新野先生が戻られるまで医務室に残ると言い、
僕と文次郎は食堂へと向かった。

授業の前に朝食を食べ、
その帰りに、素子ちゃんと土井先生の分の朝食を運ぶ事になったからだ。

けれど食堂に向かう途中で学園長先生に呼び止められ、
今は二人で、庵に並んで座っている。

どうやら話があるらしいが、一体何だろう?

医務室で話さずに敢えて呼ばれたという事は、
素子ちゃんには聞かせたくない話だということだ。

今の状況では良い話をされるのか、悪い話をされるのかがわからない。

少し緊張している僕と、文次郎の前に学園長先生が座る。
そして、手短に話そう、と前置きをして告げたのだった。

この後の三日間、
素子ちゃんに接触を図る生徒がいても、できる限り口出しや手出しをしないように、と。

「どういう意味ですか?」

先に疑問の声を上げたのは僕だった。
それに対して学園長先生は、まるで質問が来ることを予想していたように、躊躇う事なく次の言葉を紡ぎ出す。

「お前達は、素子を見ていて違和感を感じなかったか?」

え…何それ?

「…それは、やはり彼女が間者かもしれない、という事ですか?」

思わずイラっとした感情が、表に出てしまったかもしれない。

だって、あんなに大泣きして喜んだ素子ちゃんを、この期に及んで疑うの!?
だったらぬか喜びをさせなきゃいいじゃないか!!

感情を露わにしてはいけない、抑えなければと思いつつ、どうしても学園長先生を見る目がキツくなってしまう。

けれど、そんな僕を文次郎の言葉が制した。

「いや、逆じゃないか?」

…逆?

意味がわからず文次郎を見ると、目が『落ち着け』と言っている。
学園長先生は満足そうに笑っていた。

「さよう。素子からは猜疑心や警戒心があまり感じられん。どういう育ち方をしたのかわからんが、あれほど素直では間者にはなれんじゃろう」

人として悪い事ではないが、ちと心配でのう。

そう言って、学園長先生は困ったような顔をした。

素子ちゃんは、素直でまっすぐな良い子だ。
間者である訳がない。

だけどその性格は疑いを晴らす反面、この学園でやっていけるのかという心配を誘うようだ。

忍術学園に留まる以上、慣れなければならないんだ。
疑う事も疑われる事も。

その訓練として、あえて疑う生徒達に触れさせようという、
それは学園長先生の優しさなのかもしれないけど。

「もちろん素子を傷つけようというのではない。危険があれば守ってやって欲しいが、守り過ぎるなという事じゃ」

「…わかりました」

意外な程にすんなりと、文次郎が頭を下げた。
それに対して、僕はちっとも納得なんか出来ていなかったけど、

「伊作も、良いな?」

有無を言わさぬ学園長先生の言葉に、渋々頭を下げて庵を後にしたのだった。

…だけど、さ。

今度こそ食堂へと向かう道々で、僕はやはり納得する事が出来なくて、
その思いを文次郎にこぼしていた。

「人を信じるのは良い事じゃないか。敢えて疑うように促すなんておかしいよ!」

だけど憤慨する僕に、文次郎はため息を吐くだけだ。

「限度の問題だろ」

「限度?」

そして文次郎は素子ちゃんに出会った時の事を話した。
彼女は最初から、文次郎の事を全く警戒しなかったらしい。
顔を見るなりすがりついてきた素子ちゃんに、むしろ文次郎の方が警戒したとかしないとか。

「俺にやましい気持ちはなかったから、結果として間違ってはいなかったがな。あれが山賊や盗賊だったら、どうなっていたか…」

え?
何を言ってるの?

思わず僕はキョトンとしてしまった。

だって…。

「素子ちゃんは、文次郎だからすがりついたんだろ?」

「はぁ!?」

当たり前のようにそう言えば、文次郎の顔がみるみるうちに赤く染まる。

僕には、文次郎のその反応の方がわからなかった。

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