気付いたら隣に…

□天然の暴露で
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ようやくたどり着いた食堂の前でチラリと伊作と視線を交わし、けれど立ち止まらずに俺達は中に入った。

城崎の事は秘密ではないが、まずはいつも通りを心掛けなければならない。
俺達に望まれているのは、学園長先生が言うところの『些細な変化』なのだから。

「おばちゃん、朝定食をお願いします」

「僕も」

注文をしながら食堂の様子を伺えば、やや早い時間だけれど既に何人かが朝食を食べている。
その中に見慣れた顔を見つけて、俺は朝食を受け取りそちらへと歩みを進めた。

仙蔵と長次か…。

敏い二人だ。
気を引き締めなければならない。

必要な事であれば、こいつらを騙すという事に対して、特に罪悪感は覚えない。
忍者として嘘が必要な場合はいくらでもあるし、上手く嘘をつく方法を授業で習うくらいなのだから。

来たるべき、プロ忍になる日の為の練習、といったところか。

だが。

日頃から距離感の近い奴らが相手ではやりにくい、というのは正直なところ、ある。

奴らも忍たまとして、嘘を見抜く術を学んでいる。
些細な表情や仕草の変化が命取りになるだろう。

だが俺が嘘をつく事をこいつらは知らないから、それだけはこちらに有利と言えるな。

実習さながらに頭を働かせ、俺は仙蔵の隣に腰を下ろした。
本当なら、今はこいつの隣は避けたいところだが、
いつもなんとはなしに、同室の奴と行動を共にする事が多くなってしまうのだから仕方がない。
今日だけ避けたのでは、明らかに不自然だ。

「おはよう、二人とも早いね」

俺の後ろから来た伊作が、俺の正面…長次の隣へと座る。
すると早速、仙蔵から訝しげな目で見られてしまった。

「珍しい組み合わせだな」

俺と伊作か…確かにな。
仲が悪い訳じゃないが、理由がなければ二人で過ごす事はあまりない。

以前、伊作が口うるさく夜間鍛錬を控えろだとか、怪我をするなだとか、怪我をするなら予算を上げろだとか言ってきていた時期があり、
俺がついつい伊作と二人になる事を避けるようになってしまったせいだ。

今は、そんなことはないとわかっているんだがな。

そんな過去を思い出しながら、俺は憮然とした顔で言った。

「鍛練中に珍しい薬草を見つけたから届けてやったのに、強制的に眠らされたんだよ」

夜間鍛錬や徹夜がいつもの事だとしても、朝食まで一度も自室に戻らないことは珍しい。
だが、こう言っておけばその言い訳にもなるはずだ。

食事の前の祈りを終え、そんな事を考えながら朝食を食べていると、
俺の意図を察した伊作が会話を合わせてきた。

「君の隈がこれ以上濃くなるのを見過ごす訳にはいかないんだよ。保健委員としては」

少し怒ったようにそう言う伊作に、仙蔵が呆れた顔で問う。

「諦めたんじゃなかったのか?」

「まさか。顔を合わせる度に言っても、無駄だって事に気付いただけだよ」

そして伊作は、にっこりと微笑んだ。

「それに昨夜は、調合したての睡眠薬を試したかったからね」

思わず、朝食を食べる手が止まる。
昨夜、実際に薬を盛られた訳ではないが、思わず記憶を遡って確認してしまう程のいい笑顔だった。

「…俺は実験台かよ」

伊作を睨んでそう言えば、仙蔵がコクコクと頷いた。

「文次郎で実験するのは感心せんな。普通の人間と同じ効果は期待出来まい」

「どういう意味だっ!!」

騒がしく賑やかな食堂の風景。
それは限りなく『いつも通りの朝』だった。

「伊作、この間作ってた薬、もう試す事が出来たのか?」

遅れてやってきた留三郎が会話に加わり、それは俺達にとって思わぬ援護射撃となった。

「そうなんだよ。文次郎のおかげでね」

伊作がいつ、何の薬を作っていたのかは知らないが、
留三郎の言葉は、俺達の嘘に信憑性を与える内容だ。

「ははっ、間抜けだな」

「やかましいっ!」

どうやら、今朝はうまくやり過ごせそうだ。

そう感じて、内心で安堵の息を吐いた時、

「文次郎!」

食堂の入口から、俺を呼ぶ声がした。

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