気付いたら隣に…

□知らされた現実
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学園長先生とヘムヘムくんが医務室を出て行って、
続いて文次郎さんと伊作さんもいなくなった。

途端に胸の奥がざわついて、足元もふわふわとして、安定感がなくなってしまう。

別に見捨てられたわけじゃない。

ここに、忍術学園にいてもいいという許可が下りても、
文次郎さんとずっと一緒にいられるわけじゃないことは、もちろん私もわかってる。

だけど文次郎さんの顔が見えなくなると、何故だか心細くて落ち着かなくてなってしまうのだ。

きっと、まだ今の状況に慣れていないから、
最初に出会い、助けてくれた文次朗さんを、心が求めてしまうのだと思う。
でもそんなの、文次朗さんにとってはいい迷惑だ。
こんなに恵まれた場所を与えてもらったくせに、これ以上を求めるだなんて。

だから私は、一人でも平気にならなきゃならないんだ。

浴衣の胸元を掴み、意識的に深く呼吸をしてみた。
無意識に唇を噛んでいることにも気が付いて、そっと口元の力を抜く。
ふぅ、と深く息を吐くと、土井さんが心配そうに声を掛けてくれた。

「怖い、かい?」

「あ、いえ…」

怖くはない、と思う。
ただ、落ち着かないだけで。

私は、土井さんに笑顔を向けた。
少しぎこちなかったかもしれないけど。

「…大丈夫、です。あの、この学園のことを教えていただけますか?」

少しでも早く、この学園に馴染みたい。

そう思って口にした言葉は、土井さんの苦笑いを誘ったらしい。
彼は困ったような顔で、私の頭に手を置いた。

「焦らなくていい。無理をしなくてもすぐに慣れるから、今は…そうだな、気楽にお話でもしようか?」

心にじわりと染み込むような優しさに、私のぎこちない笑顔から無駄な力が抜けるのがわかる。
自然にお礼の言葉を口にすると、土井さんは穏やかに微笑み、私の隣へと腰を下ろした。

「よし。じゃあ、何から話そうか?」

座っていてさえ少し見上げることになってしまう土井さんは、きっととても背が高いんだろうな。

そんな事を考えつつ、呼びかけようとして言葉に詰まる。
中途半端に口を開いて止まる私をどう思ったのか、土井さんが不思議そうな顔をした。

「ん? どうかしたかい?」

「あの…なんとお呼びしたら良いんでしょう?」

私の意識は土井さんと同じ年だから、なんとなく心の中では『土井さん』と呼んでいたけど。
でも外見と、皆さんの認識では、私は彼の生徒達と同じ年だから。

私が『土井さん』と呼ぶのは変な気がする。
かといって生徒でもないのに『先生』と呼ぶのも、やっぱり変な気がするし。

そんな私の戸惑いに気付いたのか、土井さんは優しく笑ってくれた。

「そうだなぁ。素子くんに抵抗がなければ、皆と同じように『先生』と呼んでくれるかい? 私も呼ばれ慣れているからね」

「わかりました。…土井先生」

「なんだい?」

ふっ、と顔を見合わせて笑いあって。
心のざわざわが、少しだけ治まった気がした。

「あの、土井先生は『先生』になる前は忍者だったんですか?」

そもそも忍者というものが、何をするのかよくわからないけど、
なんとなく気になって聞いてみたら、土井先生は頷いた。

「あぁ。プロの忍者として、仕事をしていたよ」

そうなんだぁ…と納得したのはいいけれど、そこで会話の糸がぷっつりと切れてしまい、私は思わず俯いた。

「すいません…忍者というお仕事をよく知らないから想像がつかなくて…」

私から聞いておいて…と恐縮する私に、土井先生が驚いたような顔を向けた。

「素子くんは忍者のことを、本当に何も知らないんだね」

そうなのかな…?

首を傾げて、私は頭の中にある忍者の知識を総動員してみた。

漫画なんかで見るような、巻物を口にくわえて変身するというのは架空の話だろうし、
他に思いつくのは観光地の忍者村とか、時代劇に出てくる人…とか?

あぁ実在してたんだ、というのが正直な感想だし…
うん、ほぼ全く何も知らないね。

俯いていた顔を少し上げて、チラリと土井先生を盗み見た。

「おかしい、ですか?」

この時代の人間であれば、ある程度は知っていて当然なのかもしれない。
そう思って、恐る恐る聞いてみたけれど、

「いや、おかしくはないが…私たちにとっては、もう当たり前になっているからね」

逆になんだか新鮮だよ。

そう言われて、ほっとした。

だけど土井先生は、なんだか難しい顔をして考え込んでいて、
思わず、次の言葉を待ってしまった。

「素子くん」

「は、はい」

真剣な顔をした土井先生に、改まって呼びかけられて、自然と背筋がピンと伸びた。

土井先生は躊躇いを見せたけれど、それはほんの少しの間で、すぐに私をまっすぐに見つめた。

「今の素子くんに言うべき事じゃないのかもしれないが…」

言うなら今しかない、とも思うんだ。

そう前置きして、土井先生は言った。

「私は、この手で人を殺めた事がある」…と。

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