気付いたら隣に…
□知らされた現実
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耳から入ってきた『あやめた』という言葉が、『殺めた』と変換される為には少し時間が必要で。
だから私が驚きに目を見開いたのは、数瞬経ってからだった。
そして瞬きすらも忘れた私が、その言葉を理解していると確認すると、土井先生はまた口を開いた。
「私だけじゃない。学園の先生方は皆、元々は優秀な忍者だったから、少なからずそういう経験をされているはずだ」
今度は直接的な表現は使わず、けれどはっきりとわかるように土井先生は言った。
「それから生徒達も、上級生になると実習が多くなり、そういうことを経験するようになる」
生徒達、と聞いた私の頭の中には、優しく笑う文次郎さんと伊作さんの顔が浮かび上がり、
それで、土井先生が何を言おうとしているのかが、わかった気がした。
信じられないし、想像も出来ないけど。
きっと、彼らも…なんだ。
「怖い、かい?」
先ほども聞かれたけれど意味が異なるその問いかけには、簡単には答えられない。
考えて、想像して、でもなかなかまとまらなくて。
私は、ポツリポツリと、思った事を口に出していた。
「…私は知りません。人を殺めるという事が、どういう事なのか…」
想像はしてみたけど、想像力が全く追い付かない。
今までの生活では無縁だったから。
殺すことも、殺されることも。
私自身に限らず、家族や友人だって、そんな事件と関わった人はいない。
だからといって『この時代には必要な事なのかもしれない』と考えてみたとしても、
さ迷った夜の森と、この部屋くらいしか知らない私には、やっぱりよくわからなくて。
「目の前で、人を手に掛けているところを見たら、怖いと思うのかもしれません…」
でも、それは生きる者の本能として、当然の反応なんじゃないだろうか。
それよりも、今思う大切なことは。
そんな経験をして尚、あんなに優しい文次郎さんは強いという事。
人を癒せる伊作さんは凄いという事。
そして今、目の前で私を見据える土井先生の瞳が、悲しい色を宿しているという事だ。
「でも、今は怖くないです。土井先生の言葉を信じていないわけでもないし、軽く考えているわけでもないんですけど……なんでだろう?」
奇麗事じゃなく。
怖いと感じてしまいそうなのに、全然怖くない。
少し考えて土井先生を見ると、なんだか笑顔が切なく見えた。
あぁ、そうか。
何度となく向けられた、土井先生の笑顔。
何度も癒やしてくれた、この表情。
つられて笑った私の笑顔が、同じように土井先生を癒せたらいいのに、と思った。
「多分、土井先生が優しいから、怖くないんじゃ…ないですか?」
人を手に掛けている時の土井先生なんか知らない。
私が知っているのは、目の前で微笑むこの人だけだ。
過去があるから、今の土井先生が在るのだというなら、私はその過去に感謝しよう。
そう思ってにこりと笑うと、土井先生の口から吐息が漏れた。
「君は、変わった子だね」
「…そうですか?」
もう土井先生の瞳に悲しみは見えない。
そのことに安心して、ふと思ったことを口にした。
「あの…私も忍者について、勉強した方が良いんでしょうか?」
すると土井先生は、ゆるく首を横に振った。
「いや…そのままで良い。ここにいれば、嫌でも詳しくなっていくだろうし、今はそのままで生徒たちと触れ合ってほしい…と、私は思うよ」
そう言う土井先生の表情は、
とても優しかった。
現代の私と同じ年齢でも、時代が違えば生き方も違う。
穏やかで、優しくて、先生という仕事に誇りを持っているような土井先生の表情を見て、ふと思った。
現代での私は、持てるはずの責任に気付かないふりをしたり、放棄したりしていたんじゃないだろうか、と。
周りもそうだから、自分もそれで良いのだと、
どこかでそう思っていたような気がする。
でも土井先生を見て、いかに自分が甘えていたのかがわかったから、
ここでは甘えずに、精一杯生きよう、と。
彼の優しさは、そう思わせてくれた。
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