気付いたら隣に…

□癒し系の侵入者
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朝食の席で話題となった侵入者の存在。
何も聞かずとも、文次郎と伊作を見ていれば、それが事実だという事は明らかだった。

二人の挙動に意識の向け方、そして昼食の時に運んだ定食。
朝は二人前だった定食が一人前になっていたことから、侵入者はおそらく一人 ―朝は見張りでもしていた誰かの分も運んだのだろう― だと思われた。

だが、わからない事が多すぎる。

一体、侵入者は何者なのか?
目的は何なのか?
何故、文次郎と伊作は侵入者を庇っているのか?

怪我をしていたから保護をした、と文次郎が言っていたが、
それが本当ならば何故、二人はその存在を隠そうとしたのだろうか?
存在を明らかにして、何か不都合でもあるというのか?

そして一時的に保護しただけと言うのなら、治療後に学園を出て行かないのも不自然に思えた。
酷い怪我だとしても、治療にそこまで時間がかかるとは思えないし、
食事を運んでいるのだから、意識がないというわけでもなかろう。
もし動けぬというのなら、送り届ければ良いだけの話だ。

そこでふと頭をよぎったのは、侵入者が『女』であるという話だった。

文次郎に限って、色にかかったとは考えにくいが ―あいつを認めているわけではない。ギンギンの鍛練馬鹿の堅物は、相手が女だからという理由で油断するような、頭の柔らかさを持ち合わせていないというだけの話だ― 万が一、という事もある。
学園内では実力者だと言われていても、所詮、我らも忍者のたまご。
プロ忍に比べれば、明らかに経験が足りていない。
そんな我々を手玉にとるような、実力のあるくの一がいたとしてもおかしくはないだろう。

そう考えた私は夕飯時を狙って、医務室の入口から様子を窺っていた。

あの中に、侵入者がいる。

だが、医務室には新野先生がおられる。
新野先生の目を誤魔化すことは出来ないから、侵入者が怪我をしているというのは事実なのだろう。
だが何故、新野先生は侵入者の滞在を許可しているのか?
他には誰か知っているのだろうか?

湧きあがる疑問は止まらない。
やがて、新野先生が食堂へと向かったのを確認して、私はそっと医務室の障子を開けた。

思った通り、新野先生が席を外された医務室には、まだ人が残っていた。
気配を探るまでもない。
手伝いでもしているのか、薬草をすり潰す音が医務室に響いていたのだ。

という事は、狙いは新野先生の医療技術か?

そんな事を考えながら、ゆっくりと音のする方に近づいていく。
やがて視界に捉えたその女は、私の想像とは随分趣が異なっていた。

なんといっても、あの文次郎が血迷うくらいなのだ。
男の本能に訴えかけてくるような、そんな色香に溢れた女だとばかり思っていたのだが…。

何故か布団に入ったままで、熱心に薬草をすり潰している女は色香とは程遠かった。
よれよれの着物に、纏められただけの長い髪。
俯き、影になっているせいで顔ははっきりとは見えないが、どことなく幼い印象すら受ける。

だが、見かけに惑わされてはならん。

私は苦無を握り直し、慎重に近付いた。
気配を消しているとはいえ、私たちを遮るものは何もない。
すぐに私は気付かれるだろう。
その時、こいつはどう出るだろうか?
攻撃してくるのか、それとも一般人を装うのか?
おそらく後者であろうが、その時にほんの少しでも怪しい動きを見せてみろ。
すぐさま苦無を突き付けて、化けの皮を剥いでくれよう。

緊張で乱れそうになる呼吸を整えながら、
まるで忍務のようだと苦笑いを浮かべた。

まさか、学園内でこんな事をする日がくるとはな…。

じわりと汗が滲む程に緊張し、少しずつ少しずつ女に近寄った。

学園にまんまと忍び込んだくらいだ。
相当の手練れだと思って間違いない。
用心するに越したことはないだろう。

………そう、思っていたのだが。

警戒し、緊張し、殺気まで向けた女は…

「患者ではない!! 私が言っているのは間者だっ!! 阿呆!!」

…ただのとぼけた娘だった。

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