気付いたら隣に…

□待ち望んだ指示
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新たに出会った六年生達がそれぞれの部屋へと帰っていき、
運んでもらった夕食を食べている時の事だった。

「お風呂に入った方がいいですね」

新野先生のその一言に、私の瞳はわかりやすくキラキラと輝いたに違いない。

「いいんですか!?」

「清潔は健康の第一歩です。傷もきちんと塞がってきているし、問題ないでしょう」

微笑む新野先生が天使に見える…!

あまりの嬉しさに箸を止めて浸っていると、文次朗さんが不思議そうな顔をした。

「そんなに嬉しいのか?」

「はい!!」

「…そうか」

私のあまりの勢いに若干引かれた気もするけれど、そんな事は気にしない。

だってここに来る前、私は仕事と勉強に疲れてしまい、メイクを落としただけで眠りについていたから。
いつもは夜に入っているお風呂を、たまたま朝にしてしまおうと思ったら、
朝を迎える前にここに来てしまい、今に至る訳で。
その時点でしっかりと汚れている感覚があって、気持ち悪かった。

しかもその後も森を彷徨い歩いたり、薬草をすり潰したりと、それなりに汚れるような事をしているから、
本心では私のお風呂に対する欲求は限界に近い…と言うか、むしろ限界を超えるくらいだったのだ。
それでもワガママを言ってはいけないと、我慢をしていた訳だけど。

う、嬉しい…。
もうちょっと、我慢しなきゃいけないと思ってた。

思いがけない喜びに少しの間呆けていたら、頭をポンと叩かれて、
その感触で我に返ると、目の前には文次朗さんの顔があった。
チラリと動くその目に誘われるように私も視線を動かすと、そこに食べかけの夕食があってハッとする。

いけない、いけない。
ただでさえ食べるのが遅いんだから、ちゃんと食事に集中しなきゃ。

そう思い、慌てて箸を動かし始めたら、小さく笑った文次朗さんが頭を撫でて…くれたりする。

なんだか、随分と子供扱いされてるような気がするなぁ。
本当は年上なんだけど…。

でも、常識を何も知らない私は子供みたいなものだから、今は甘えてしまおうとも思う。
それが許されているうちに、いろんな事を覚えていこう、と。

そう考えて、私は里いもの煮っ転がしを口に運んだ。

うん、凄く美味しい。

もぐもぐと口を動かしていると、伊作さんが何かに気付いた様子で新野先生へと問い掛けた。

「でも先生、彼女はまだ一人で入浴するのは無理なのでは?」

湯に浸かり、柔らかくなった足で歩いたら、せっかく塞がった傷が開いてしまう。

その言葉に『もしかしてお預け!?』なんてヒヤリとするが、新野先生は慌てず騒がず微笑んだ。

「山本シナ先生にお願いして、くのたまにお手伝いして貰えるように頼んであるから大丈夫ですよ」

くのたま…?

知らない単語に首を捻るが、里いものおかげで今は言葉を発せない。
私は大人しく食事を続けながら、会話に耳を傾けた。

「では、入浴はくのたま長屋でですか?」

「ええ。シナ先生達が準備をしてくれています。そうですね…食べ終わって、一休みしたくらいで丁度良いでしょう。彼女を運んであげて下さい」

くのたま長屋に入る許可はとってありますから。

そう言って新野先生は、許可証らしき物を取り出した。
伊作さんが頷いて受け取ろうとしたけれど、それに突然待ったをかけたのは文次朗さんだった。

「先生。城崎は俺が運んでも良いでしょうか?」

え?

こくん、と里いもを飲み込みながら、文次朗さんを見上げれば、
その向こうでは、伊作さんも不思議そうな顔をしていた。

「どうして? 入浴後には治療もあるし、僕が一人で運べば済むことじゃないか」

そう問い掛ける伊作さんに、何故か文次朗さんは深い深〜いため息をついて言ったのだった。

「伊作。お前、罠に一切掛からずに、コイツを運べる自信があるか?」

わな?

なんの事やらわからずに私は首を傾げたけれど、何か思い当たるのか、伊作さんの表情がピクリとひきつる。

「や、やだなぁ、文次朗。許可を取って正面から入るんだよ? 忍び込む訳じゃないんだから、罠なんか…」

「ない、と言い切れるか?」

「う…」

言葉に詰まった伊作さんは、やがて諦めたように息を吐き、

「わかった…頼むよ…」

そう言って、がっくりとうなだれたのだった。

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