気付いたら隣に…

□訪れたのは贋物
1ページ/3ページ

翌日、私の朝は…

「すいませんでした!!」

平謝りから始まりました。

「いや…気にするな…」

頬を掻きながらそう言う文次郎さんに、私は「でも…」と言葉を続けた。

「文次郎さん、毎晩自主練をしてるんですよね? 昨日、ユキちゃん達にそう聞いて…」

またしても、文次郎さんの服を掴んだまま眠ってしまった私のせいで、
文次郎さんは二日も日課を休むハメになってしまった。
ただでさえ迷惑ばかりかけているのに、日常の邪魔までしてしまうなんて、
申し訳なさすぎて自分自身が嫌になる。

思わず俯いた私の頭上で、文次郎さんが小さく息を吐く音が聞こえて。
ふと視線を上げると、文次郎さんは困ったように微笑んで、私の頭に優しく手のひらをのせたのだった。

「気にするな。例えば…そうだな、敵に捕まったとして、二日くらい身動きが取れなくなることもあるかもしれん。その時に、どれだけこの体が鈍るのか、それを知るいい機会になった」

そう言う文次郎さんに向けた私の笑顔は、困った顔になっていたと思う。

文次郎さんが優しすぎるから…たまに、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。

「文次郎さん…『気にするな』ばっかりですね」

私が何をしても、どんなに迷惑をかけても。
いつも文次郎さんが言うのは「気にするな」という言葉。

でも、私が文次郎さんに掛けている負担は、気にしないでいられるようなものじゃないと思う。
それなのに、文次郎さんはいつも呆れたように笑ってくれるのだ。

「お前が、気にしすぎだからだ」

頭にのせていた手をあげて、文次郎さんが私の額を軽く弾く。

「いたっ」

額に手を当てて彼を見上げると、文次郎さんは喉を鳴らして笑いながら私に背を向けた。

「朝飯を取ってくる」

ひらひらと手を振り、医務室から出て行く文次郎さんに返事をして、ふうと大きく息を吐いた。

こんなにも、動けないことがもどかしいとは思わなかった。

例えば元の時代なら、松葉杖とか車椅子とか、もう少しどうにかしようがあったのかもしれない。
それに面倒くさいだけで、こんなにも歯がゆくは思わなかっただろう。

でも、ここでは…こんなにも辛い。

優しい人達に迷惑ばかりかけて、何も返せない。
歩けるようになったら…と、そればかり考えているけど、この時代で自分が役に立てる自信もない。
ギュッと着物の衿を掴んで、瞼を閉じた。

いけない…暗い思考にはまり込んで泣いてしまいそうだ。

唇をかみしめてじっとしていると、すぐ近くで何かを置く音が聞こえて。
重そうな音に目を開くと、目の前には新野先生の笑顔。
そして、その傍らには大きな風呂敷包みがあった。

「以前、保健委員の皆で採った薬草を乾燥させたものです。後で分別して、粉にして保存するんですが、手伝ってもらえますか?」

これだけの量があると、一人では大変なんですよ。

そう言って微笑む新野先生には、きっと私の考えなんかお見通しなんだろう。
ふわりと胸に温かいものが広がって、でも堪えきれずに一筋だけ涙がこぼれた。

「もちろんです! 是非、お手伝いさせて下さい!」

大きな声でそう言うと新野先生は満足そうに頷いて、そっと手拭いを差し出してくれる。

「潮江くんには、秘密にしておきますね」

そう告げた新野先生には、やっぱり全てが分かっているんだろう。
私は微笑んで手拭いを受け取った。

「善法寺伊作です、入ります」

入り口から声がして、私は慌てて涙を拭いた。
そんなに泣いたわけじゃないから、きっと目が赤くなったりはしていないだろう。

それでも、すっと立ち上がった新野先生が伊作さんに歩み寄って、委員会の話をして時間を稼いでくれていた。

本当に…なんて優しい人達なんだろう。

もう辛くなったりはしない。
瞬きをして、深呼吸を数回する。

うん、大丈夫。

「伊作さん、おはようございます!」

私は笑顔で挨拶をして、伊作さんもそれに応えてくれた。
すぐに文次郎さんも帰ってきて、賑やかな朝食が始まって。

忍術学園で迎えた二度目の朝は、穏やかに過ぎていった。

.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ