気付いたら隣に…
□訪れたのは贋物
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そうして迎えた午前中。
私の周りは薬草まみれになっていた。
乾燥させて、茶色くなっている薬草。
乾かしている間に混ざってしまったものを分別して、それから葉だけを採取して、薬研で粉にしていく…らしい。
けれど慣れない私は、分別だけで四苦八苦していた。
「えぇと…これはOKで…ん? これは違う…かな?」
もし間違えてしまったら、学園の人の健康に支障が出てしまう!…かもしれない。
そう思うと、慎重にもなろうというものだ。
さっきまでは、わからない時は新野先生に聞いていたのだけれど、
今、先生は粉にした薬を保存するための入れ物を洗うため、席を外されている。
「う〜ん…これは、ちょっと保留にしとこうかな」
無理して判断するのは怖いし、後で聞こう。
不安なせいか、ついつい独り言が多くなり、
ぶつぶつ言いながら手を動かしていると、ふ、と笑う声がした。
誘われるように声のした方に目を向けると、そこには文次郎さんが立っていて…。
でも…あれ?
「授業中…じゃないんですか?」
医務室しか知らない私には、ここが学校だという実感があまりない。
でも確か、午前と午後に授業があって、その後に委員会活動があって…。
私の知っている学生生活と、そんなに変わらなかったはずだ。
不思議に思ってそう聞けば、文次郎さんはニコリと笑って歩み寄ってきた。
「自習になったんだ」
そう言って座り、散らばっている薬草を摘み上げてもてあそぶ。
「何をしているんだ?」
「あ…新野先生に、薬草の分別を頼まれて…」
膝の上の薬草に視線を落として、そう答える。
なんだろう?
何か、違和感が、あった。
「そうか…」
目の前の文次郎さんを見ると、彼もまた、私を見ていた。
今朝見た文次郎さんと、何も変わらない。
じっと見つめていると、彼は小さく笑って言った。
「…どうした?」
喋り方も、いつもと同じ。
だけど…そう、だけど。
何かが、違う。
「あの…」
「なんだ?」
わからない、そんなことがあるはずない。
だけど…そうとしか思えない。
私はぐっと拳を握り、彼の瞳を見つめて言った。
「……どなた、ですか?」
彼は驚いたように目を見開くと、ぷっと小さく噴き出した。
「何を言っているんだ? 今朝、会ったばかりだろう?」
俺を忘れたのか?
そう問い掛けてくる彼は、確かに文次郎さんだ。
顔も、声も、いつもと何も変わらない。
だけど、何かが違う。
何が違うのか、それは私にもわからないけど…。
「…今朝…会って、ないと思います」
とぼける彼に戸惑いながらそう告げる。
すると、その瞬間、一気に彼の雰囲気が変わった。
浮かべていた笑顔が消え、ぞくりとするほどの鋭い視線で睨まれる。
「…なぜ、わかった?」
問う声が、変わっていた。
おそらくこれが彼自身の声なのだろう。
あからさまに感じる敵意が恐ろしくて、ひきつる喉を無理やり動かして言葉を紡いだ。
「わかりません…なんとなく、そう思っただけです」
「なんとなく?」
ぎらり、と彼の瞳が光る。
後ずさりたかったけれど、座ったままの私にはそれも出来ない。
浅い呼吸を繰り返し、コクリと喉を鳴らして。
ただじっと、目の前の青年を見つめた。
「お前は、誰だ?」
「…城崎、素子…です」
「…くのいちか?」
「…違います」
ふと、昨夜の立花さんを思い出した。
彼の問いは『間者か?』だったけど。
あの後、間者の意味を教えてもらって、私はひどく驚いた。
もしも今、彼にそう答えていたら…そう思うと、背筋に冷たい汗が流れた。
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