気付いたら隣に…

□意地悪な初対面
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『医務室に何者かがいる』

その噂は上級生を中心に、あっという間に学園中に広まった。
だが、それを追うように、

『くせ者ではないと、先生方も先輩方も認めたらしい』

という話も耳に入ってきたから、私が『何者か』に関心を持つ事はなかった。

誰かがこっそりと匿っていた、というのであれば疑いもするし、真偽を確かめる為に動きもしただろう。
だが、既に答えが出ているのであれば興味はない。

だから、本当なら関わるつもりはなかったんだ。

だけど、気になったのは昨日の夜。
いつもうるさく思う、潮江先輩の声が聞こえない事に気が付いた時だった。

「雷蔵…今日は先輩方、学園にいるよな?」

先輩が実習などでいない時にしか訪れない静かな夜を不思議に思い、同室の雷蔵に問い掛ける。
雷蔵は読んでいた本から顔を上げ、不思議そうに私を見た。

「うん、しばらくは実習の予定もなかったはずだけど…」

どうしたの?

瞳で尋ねる雷蔵に、私は外へと視線を投げながら答えた。

「いや…潮江先輩の鳴き声が聞こえないからさ」

「鳴き声って…」

怒られるよ?と呆れた顔で言ってから、雷蔵もしばし耳を澄ます。
そして先輩の声が聞こえない事を確認して、しかし気にした素振りも見せずに、雷蔵はさらりと言った。

「本当だね。でも潮江先輩だって休む事くらいあるんじゃない?」

そう言って再び本に視線を落とした雷蔵に、私は「そうだな…」と答えて空を見た。

でもな、雷蔵。
私の記憶が確かなら、この数年、潮江先輩が学園にいるのに声が聞こえない夜はなかったぞ?

今日に限って…先輩は何をしているんだろうか?

そう考えると同時に、私の中でいくつかの言葉が結びついていった。

医務室…女…潮江先輩…噂…抱き上げた…裏々山…何者か…。

明日の朝、ちょっと医務室を覗いてみるか。

そう思ったのは、ただの好奇心だった。
あの潮江先輩の、誰が言ってもやめなかった傍迷惑な習慣を、
やめさせる事が出来たのは、一体なんなのか。

それが、気になっただけだったのだ。

そして翌朝、朝食前に訪れた医務室で。
私が見たのは衝撃的な光景だった。

女と…添い寝している潮江先輩…。

あまりの衝撃に気配が漏れそうになったが、すぐに潮江先輩が目覚め、女が目覚め、
朝の会話の中で、私の気配はかき消されたようだった。

あるいはいつもの潮江先輩なら、そんな中でも私に気付いたかもしれないが、
目の前で頭を下げる女に戸惑っていて、それどころではなかったらしい。

その間に、私はなんとか気配を整えたけれど、
目の前で繰り広げられる穏やかで優しい会話に、驚きを隠せなかった。

あの、潮江先輩が…?

頬を緩め、優しく微笑い、女の頭を撫でている。
すぐに朝食を取ってくる、と言って潮江先輩は出ていってしまったけれど、
短いやりとりでも、私を驚愕させるには充分だった。

そして、やはり気になるのはこの女…。

彼女が噂になっている『何者か』である事は間違いない。
そして新野先生や善法寺先輩が笑顔で会話をしている彼女は、
噂の通り『くせ者ではない』のだろう。

だが、だとしたら何者だというのか?
学園に留まっている理由はなんだ?

その後の会話で『素子』という名前を知った私は、そっと医務室を後にした。

近いうちに探りを入れてみよう。

そう思ったのは、くせ者として疑ったからではなく、
ただ単純に、興味が湧いたからだ。

彼女が何者か。
何故、潮江先輩があんなにも優しく笑うのか。

どうでもいいと言えば、どうでもいい事。
けれど、最近暇を持て余していた私にとって、彼女の存在は都合よく与えられた玩具のように思われた。

さて、いつにしようか…。

と頭を悩ませるまでもなく、午前中の授業が自習になった事を知り、
昨夜の続きが気になると本を開いた雷蔵を教室に残し、私は再び医務室に向かった。

いつもの、友人達をからかう為の簡単な変装ではなく、
本気の変装で、潮江先輩の姿を借りてから。

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