気付いたら隣に…

□善人顔の策略家
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走る僕の腕の中で、素子ちゃんは体を強ばらせていた。
突然の事に驚き、そして怖がっているのかもしれない。

ごめんね、でもちょっとだけ我慢して。
君にとっても、必要な事だと思うから。

そう心の中で呟いて、僕はまず五年生の教室へと向かった。

昼休みの学園内は、どこもかしこも生徒だらけで、
そんな中を、見知らぬ少女を抱えて走る僕の姿が目立たないハズはない。
皆が驚きの表情を浮かべているのを確認して、僕はゴクリと喉を鳴らした。

実は、これこそが僕の目的だったのだ。

正直に言えば、僕に文次郎が止められない…訳がないんだよね。
仮にも同じ六年生だし。
一対一の手合わせだったら、負ける可能性は高いけど、
でも少しの間、文次郎の動きを止めるくらいの事は僕にだって出来る。

そして、そのわずかな間に『勘違い』の一言を伝えさえすれば、文次郎はちゃんと僕の話を聞いてくれるだろう。

素子ちゃんに関して、僕達は共犯者のようなものだし、
いくら怒っていても、文次郎はそこまで冷静さを失うようなヤツじゃないから。

じゃあ、どうして僕が彼女を連れ出したのかと言えば、その理由は単純で。
一刻も早く、学園の皆に彼女の存在を知らせたかったんだ。

噂として、素子ちゃんの存在は学園中に知れ渡ってしまった。
彼女に興味を示し、疑う生徒は少なくないから、また誰かが探りに来るだろう。

そう考えた時、僕の中にじわりと不安が広がった。

今回の鉢屋の件は未遂で済んだけど…次は?

素子ちゃんが、もっと酷い目に合う可能性は低くない…どころか、むしろ高いと僕は考えていた。

昨日の仙蔵だって、切りかかる寸前だったし。
鉢屋が未遂で済んだのは、素子ちゃんが頑張ったからだ。

じゃあ、もしも相手が複数で素子ちゃんが抵抗出来なかったら?
仙蔵みたいに探る事をせず、最初から彼女を疑う人物が相手だったら?

今までが、運が良かっただけなんだとしか思えない。

もちろん僕と文次郎は、全力で彼女を守るけど。
でも今日のように、授業中に動かれてしまったら僕達になす術はないじゃないか。

それなら一刻も早く彼女の存在を公表して、
怪しい人じゃないという事を、皆に伝えた方が良い。

学園長先生の言いつけには逆らう事になってしまうけれど、
何よりも大事なのは、彼女の身の安全だと思うから。

だから僕はそれらしい理由をつけて、彼女を医務室から連れ出したんだ。

こうして校内を走れば、皆が素子ちゃんを知る事になる。
そうなれば、学園長先生だって彼女の存在を公にせざるを得ないはずだ。

そう考えて、僕は生徒で溢れる学園の中を走っていた。

でも、だからと言って文次郎を放っといて良いわけじゃない。
五年生の教室に彼の姿は見当たらず、僕は足を止めた。

文次郎はどこに向かったのだろう?

まだ騒ぎにはなっていないようだけど、おかげで居場所がわからない。

次にどこに向かうべきかと迷っていると、真っ正面から白い何かが飛んできて、
避ける間もなく、それは僕の顔面に衝突した。

「ふぎゃっ!!」

「きゃぁぁっ!!」

勢いのあるそれに、バランスを崩して倒れ込む。
けれど素子ちゃんを巻き込まないように、自分の体が下になるように受け身を取って、なんとか彼女への衝撃を和らげた。

「伊作さんっ!! 大丈夫ですかっ!?」

僕の腹の上に落ちる事になってしまった素子ちゃんは、すぐに体をずらしてくれて、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

そんな彼女に「大丈夫」と笑顔で答えて、僕は立ち上がる。
正直、息は詰まったし頭もクラクラするけれど、僕にとっては本当にたいした事じゃないんだ。

…慣れてるしね。

ふと見ると、素子ちゃんの傍らにバレーボールが転がっていて、僕は苦笑いを浮かべた。
誰の仕業か、なんて考えるまでもない。

いつもの事と大して気にも留めず、再び彼女を抱き上げようと跪いた、その時…。

「善法寺先輩…何をしてるんですか?」

背後から聞こえたどこか呑気な声に、思わず僕は動きを止めていた。

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