気付いたら隣に…

□瞬間的な攻防戦
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昼食後、私と雷蔵は図書室へ向かっていた。
雷蔵が図書委員会の当番な訳ではない。
昨夜から読んでいた本を自習時間に読み終えたらしく、返却しに行く為だ。

『本の返却は早いめに』

どこからか、寡黙な図書委員長の声が聞こえてきたような気がしたが、特に気に留めることもなく。
私は、雷蔵が大事そうに抱えている本を指して言った。

「面白いか? それ」

それは冒険物語の下巻で、上巻は私も読んだが続きを読む気にはならなかったものだ。
だが雷蔵は、その本を抱え直してニコリと笑う。

「うん、面白いよ」

その答えに思わず眉をしかめると、雷蔵は笑顔を苦笑に変えた。

「三郎は好みがうるさいからね」

雷蔵に言わせると、私は本に対する注文が細かいらしい。
そして、気に入らない事があると読むのを止めてしまうのは、悪い癖だといつも注意されている。

ちなみに雷蔵は乱読型で何でも読むし、余程の事がない限り途中で放り投げたりはしない。

それを考えると、確かに私は注文が細かいのかもしれないが。
だが、それで興が醒めてしまうのだから仕方がないと、自分では思っていた。
今、雷蔵が抱えている本だってそうだ。

「それ、女が弱すぎないか?」

主人公の冒険自体は悪くない。
だが、連れの女がいただけない。

何も出来ないくせに、でしゃばって余計な事をするから、邪魔な足手まといにしかならないのだ。
そのくせ、主人公に助けられるのが当たり前という態度だから、読んでいてイライラしてしまう。

「そうかなぁ、普通はこんなものなんじゃないの?」

特に気にした様子もなくそう言った雷蔵は、私には理解不能だ。

「もう少し、頑張るべきだと私は思う」

出来る出来ないの問題じゃない。
例え出来なくても、努力する姿勢くらいは見せて欲しいと思ってしまう。
本人が出来る限り頑張っていなければ、助けようという気すら起きなくないか?

私がそう言うと、雷蔵は可笑しそうにクスクスと笑った。

「三郎ってさ、変な所でロマンチストだよね」

物語の登場人物に、自分の理想を求めたりしないよ。

そう言われると、なんだか自分が幼稚に思えて面白くない。
私はじとり、と雷蔵を見た。

「じゃあ雷蔵は、その女に苛ついたりしないのか?」

「うん、別に。主人公はこういう女の子が好きなんだなって思うだけ」

雷蔵は、大らかで大雑把だ。
そんな雷蔵らしい返事に、私は「ふぅん」と気のない返事を返したが、実はこの会話を楽しんでいたりする。

雷蔵は大雑把なくせに、変なところを気にして悩むこともある。
最初は、その基準が全く分からなかった。

だが今はわかるし、心地いい。
自分とは真逆に感じる雷蔵の感性が、私の足りないところを補ってくれているような気がして安心するのだ。

だからこんな些細な会話でも、気付けば口角が上がっていたりする。
だが私達の会話を邪魔するように、背後から騒々しい声が聞こえてきた。

「三郎ーっ!!」

「…八左ヱ門?」

慌てた様子の同級生に、足を止めて振り返る。
八左ヱ門は凄い勢いで駆けてきて、その勢いのまま私に詰め寄った。

「お前、今度は何をやったんだ!?」

は?

最初から「何かをやった」前提で聞かるなんて心外だ。
八左ヱ門に迷惑を掛けた覚えもないのに。

そんな思いもあり、思わず八左ヱ門に冷たい視線を向けてしまったが、
それに気付いた八左ヱ門は、バタバタと忙しなく手を動かした。

「違うって、俺じゃねぇ! 潮江先輩がもの凄い形相でお前の事を探してたんだ!!」

見つかったらやばい! とにかく早く隠れろ!!

八左ヱ門はそう言うが、私は「あぁ」とだけ答えてその場に立っていた。
もちろん、脳裏にには自習中のあの出来事が浮かんでいる。

「三郎っ!!」

「いや…それについては、私も反省しているんだ」

潮江先輩が怒るのも無理もない。
一発殴られるくらいの事は覚悟している。

私がそう言うと、八左ヱ門は一瞬キョトンとした後に、青くなって私の肩を掴んだ。

「いや! 無理だって! あの潮江先輩は一発じゃ絶対に治まらない!! 人を殺しそうな顔してた!!」

そんな馬鹿な、とは思ったが八左ヱ門の顔はかなり必死だ。
思わず、

「…そんなにか?」

と聞けば、

「そんなにだ!!」

と返されて。

どうしようかと迷っていると、雷蔵が苦い笑みを浮かべていた。

「珍しいね、三郎が迷うなんて…。何したの?」

「いや、ちょっとな…」

「三郎! 早くしないと潮江先輩が…っ!!」

などというやり取りをしていたら、結論が間に合わなかったようだ。

「鉢屋ぁっ!!」

怒りのこもった声に、私は思わず振り向いた。

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