気付いたら隣に…

□瞬間的な攻防戦
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いきなり、衝撃に襲われた。
顔と背中が、痛い。

「…くっ…は……」

一瞬だが、呼吸が詰まった。
気が付けば私は地面に座り込んでいて、壁に触れている背中と、左頬が改めて痛みを訴えかけてくる。

そこでようやく、私は殴られ、吹っ飛ばされて背中を壁に打ち付けたのだと理解した。
二回、三回、と意識的に深く息を吐いて、呼吸を整える。
左頬のひきつるような違和感は、衝撃で雷蔵の面が歪んだせいだろう。

すぐに補修できる程度の歪みなら良いが…難しいかもしれないな。

そんな事を考えていると、視界の端に誰かの足が入り込んできた。
小さく息を吐いてその人物を見上げれば、それは予想に違わず潮江先輩で。
仁王立ちの潮江先輩は、怒りに燃える目で私を見下ろしていた。

「先輩…私が雷蔵だったらどうするんですか…」

左頬を触り、歪みの程度を確かめながら、私は潮江先輩を見上げた。
先輩は私達の見分けが得意ではなかったはずだ。
少し会話をすればさすがに気付かれるが、それもこちらに惑わそうというつもりがなければの話。
本気で先輩をだまそうとした事はないが、いつだったか先輩自身が「得意ではない」と言っていた事もある。
だから私は、出会い頭に殴られるとは思っていなかったのだけれど。

そんな私に、潮江先輩は鼻で笑って言い切った。

「貴様なんぞと一緒にしたら、不破が気の毒だ」

なんだよ、それ。

さっき、八左ヱ門に言った言葉は嘘じゃない。
素子の件は全面的に私が悪いし、潮江先輩に殴られるくらいの覚悟はしていた。
それなのに、こんなにもイライラするのは何故だ?

「潮江先輩!! 落ち着いてください!!」

一歩踏み出した潮江先輩の腰に、八左ヱ門が巻きついた。
だが眉は下がり、腰も完全に引けている。
完全にビビッている八左ヱ門に内心で苦笑しつつ、それでも止めようとしてくれている事に少し感謝した。

まぁ、潮江先輩は止まりそうにないけどな。

潮江先輩越しに、心配そうにこちらを見ている雷蔵が見えた。

「立て。その腐った性根を叩きなおしてやる」

「潮江先輩っ!!」

ひぃぃ、と情けない悲鳴を上げる八左ヱ門を振り払い、潮江先輩は真上から私を見下ろした。

おかしいな、さっきまでは確かに謝るつもりだったのに…。
今、私の中にその選択肢はない。

不意打ちで殴られた頬が痛いからか、先輩の言い方があまりにも酷いからか、それは私にも分からない。
私は真っ向から潮江先輩の視線を受け止めた。

「…随分、溺れているんですね……」

「なんだと…?」

溺れている、その言葉を使ったのはワザとだ。

溺れてはならぬもの、酒、欲、そして…色。
忍者の三禁と呼ばれるそれを、潮江先輩が自らに厳しく課していることは知っていた。

だが話も聞かず、出会い頭にいきなり殴るなんて大した溺れっぷりじゃないか?

何が『学園一ギンギンに忍者している男』だ。
だったらちゃんと、三禁も守り通せよ。
あんな風に素子と穏やかに笑い合って、こんな風に素子の為に怒り狂って、まるで自分の物みたいに…。
そこまで考えてハッとした。

なんだ…私のイライラは、ただの嫉妬の八つ当たりじゃないか。

そう理解した瞬間、急激に気持ちが萎えていくのが分かった。
自分自身に呆れてしまう…ただの子供のようで。

「鉢屋…自分のしたことが分かっているのか?」

私に問う潮江先輩は、怒りを押し殺そうとしている。
だが抑えきれず、その拳は小さく震えていた。

そして冷静になってみて、改めて考えると潮江先輩の怒りに違和感を感じた。
確かに悪戯にしてはやりすぎだったかも知れないが、そこまで怒る事だろうか。
素子に蹴られ、潮江先輩に殴られ、私はもう十分過ぎるほどの制裁を受けたと思うのだが…。

「…そんなに怒ることですか?」

私の中に生まれた素朴な疑問だったのだが、どうやら口にするタイミングを間違えたらしい。

「貴様っ…!!」

潮江先輩は私の胸倉を掴んで立ち上がらせると、拳を振り上げた。

そもそも自分で蒔いた種だ、反撃するつもりは毛頭ない。
だが既に一発殴られている訳だし、避けるくらいはしてもいいだろうか?
潮江先輩を振り切れるかは、分からないが…。

自分の身の振り方を考えたのは一瞬で、その答えが出るより先に…、

「…文次郎さんっ!!」

聞こえるはずのない声が聞こえ、私と潮江先輩の間に割り込んできた人物がいた。

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