気付いたら隣に…

□真実と冷静さ
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忍者は冷静さを失ってはいけない。

常にそう自分に言い聞かせ、そうあろうと努力してきたはずだった。
だが、いざその局面になるとそれはとても難しい事なのだと、
俺は改めて思い知らされた。

本当は殴るつもりなどなかった。

ただ、何かを言ってやらねば気がすまなくて、俺は鉢屋を探していた。

もちろん話を聞いて真偽を確かめるつもりであったし、
その上で、必要であれば先輩として指導をし、場合によっては実力行使もあり得るとは思っていたが。

いきなり殴りかかるつもりは、なかったんだ。

だが鉢屋の顔を見た瞬間、かっと頭に血が上ってしまった。
そして城崎の首の痕と、泣きそうな顔が脳裏をよぎり、

気付けば、思い切り拳を振り下ろしていた。

鉢屋の体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
それでも俺の気は済まなかった。

拳を握りしめたまま鉢屋に近付き見下ろせば、奴は俺を見上げてくる。
その顔に、驚きはなかった。

「先輩…私が雷蔵だったらどうするんですか…」

俺が何故殴ったのか、聞いてこないという事はわかっているのだろう。
あえて核心に触れず、関係のない話をしてくる鉢屋に苛立ちを感じた。

「貴様なんぞと一緒にしたら、不破が気の毒だ」

不破はこんな事はしないだろう。
鉢屋の悪戯のせいで、不破がよく濡れ衣を着せられているのは知っていた。
よく我慢できるものだと感心していたが…今回は悪戯で済む話ではない。

俺の姿を使い、不破の顔を借りて。
己で責任を負わない鉢屋が、卑怯者に思えてならなかった。

「潮江先輩!! 落ち着いてください!!」

竹谷が俺にしがみつき、見当違いな事を言っている。

馬鹿を言うな、俺は落ち着いている。
こいつには誰かが言ってやらねばならないんだ。

「立て。その腐った性根を叩きなおしてやる」

難なく竹谷を振り払い、ゆっくりと鉢屋に近付けば、
奴は真っ向から挑むように、俺の視線を受け止めた。

「…随分、溺れているんですね……」

なに…?

嘲るような視線を向けられて、一瞬、周囲の音が掻き消えたような錯覚に陥った。

こいつは何を言っているんだ?
俺が溺れている?
そうじゃない。

「鉢屋…自分のしたことが分かっているのか?」

怒りのあまり、拳が震える。
自分を落ち着けようと意識的に深く息を吸い込むが、あまり効果はなかった。

城崎は、俺達とは違う。
くのたまとも違う。
忍者について何も知らず、
戦い方も知らなければ、覚悟だってしていない。

ただの、女だ。

そんな城崎をこいつは傷付けた…男として最低な方法で。
鉢屋、お前の正心はどこへいった?
そんな事をする奴ではなかっただろうが!!

城崎が傷つけられたという事実と、守りきれなかった自分に対する不甲斐なさ、
さらに後輩に裏切られた憤りが、一気に押し寄せてきたようだった。

俺はこの時、確かに冷静さを失っていた。
自分で、そうと気付けぬほどに。

そんな時、何故か幾分表情を和らげた鉢屋が、俺を見上げて言った。

「…そんなに怒ることですか?」

それは、必死に抑えていた感情を弾けさせる一言だった。

「貴様っ…!!」

何も考えられなくなり、衝動のままに鉢屋の胸倉を掴みあげ、拳を振り上げる。

冷静でいなければならないだとか、先輩だとか後輩だとか、何もかもがどうでもいい。
とにかく、目の前のこいつを殴らねば気が済まなかった。

だが、感情のままに拳を振り下ろそうとした瞬間、その声は響いた。

「…文次郎さんっ!!」

それはこの数日で随分と耳に馴染んだ声だった。
だが、この場で聞こえるはずがない。

しかし、その声の主を確認する暇もなく、

『答え』は目の前に飛び込んできた。

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