気付いたら隣に…

□いきなりの展開
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贅沢を言える身分じゃないのはわかってる。
だからもちろん、そんな要求をするつもりはないけれど…。

これ、は、流石に、ツラいんですが…。

居心地が悪過ぎる空間で、私はひたすら身体を縮こまらせた。

『放課後、話を聞く』と言った土井先生の言葉に従って、医務室にやってきたのは文次郎さんと伊作さんだけではなかった。

学園長先生とヘムヘムくんも土井先生と共に現れて、更に最初からこの場にいた新野先生も話し合いに加わって。
医務室内の人数は、いつのまにか七人にまで膨れ上がっていた。

そんな中で『一体なんの騒ぎだったのか?』という学園長先生の問いに、
土井先生が中庭で見たことを簡単に伝え、
文次郎さんがそれを引き継ぐように、騒ぎがどんなものだったのかを説明した。
そして私を連れ出した伊作さんが、文次郎さんの後を追ったのだという事を話すと…。

そもそも医務室で一体で何があったのか?

当然のようにコトの発端を尋ねられ、この場で唯一答えを知っている私に、視線が集中することとなったのだ。

いや…いいんだけど、ね。

私の中身は大人だし…経験だって、一応、ある。
首にキスマークを付けられたなんて、大したことじゃない。

だけど…。

今、この場での私は十五歳だし、更に幼く見えるらしいから、経験があるとは誰も思わないだろう。

あの時、首筋に痕を見つけた時の伊作さんと文次郎さんの反応を思い出し、
それと同じような反応を先生方にもされるのかと思うと、口にするのがためらわれた。

やっぱり何より、恥ずかしい。
それにきっかけが何であれ、せっかく仲良くなった鉢屋くんをこれ以上悪者にはしたくない。

だけど、言わずにやり過ごす事も出来なさそうで、私は俯いた。

参ったなぁ。
こんな事なら、着物を直さなければ良かった。

痕が見えるのは見苦しいだろうと思い、先生方が来る前に襟元をきつめにしてしまったのだ。
そんな事をしなければ、先生方も察してくれたかもしれないのに。

でも、それは単なる甘えだ。
私はちゃんと、聞かれたことに答えなければ。

「どうなんじゃ、素子?」

なかなか口を開かない私に対して、学園長先生が不思議そうに声を掛ける。

私を気遣って、文次郎さんと伊作さんが答えようともしてくれたけど、
「その場にいなかったのなら黙っておれ」
と、控えているように言われてしまった。

なるべく、皆さんが私に気を使わないように…。
そして、鉢屋くんが悪者にならないようにしなきゃ…。

そう考えて、深呼吸を一つして。
私は顔を上げると、ニコリと微笑んで言った。

「ちょっと…その…押し倒されちゃいました」

へへへ…と軽く笑いながら、ポリポリと指で頬を掻く。
先生方が、揃って驚きの表情を浮かべた。

「鉢屋に、か?」

険しい顔で聞いてくる土井先生に、私はパタパタと手を振った。

「あ、でも、おふざけ…と言うか、悪戯だったみたいで…大したことじゃないですよ?」

「そんな訳ないだろう」

突然、低い声でそう言った文次郎さんに驚いた。
学園長先生から「黙っていろ」と言われていて、まさか口を開くとは思わなかったのだ。

思わず彼を見つめると、不機嫌そうな瞳で射抜かれて…なんだか、心の奥をギュッと握られたような気がした。

「で、も…そりゃあ、私みたいな怪しいヤツ、調べたくもなりますよねぇ」

ほら、学園長先生もそう仰っていたじゃないですか。

あはははは、と笑ってみせると先生方はまた驚いた顔をして…そして。

「…もうよい」

学園長先生が、そう言ってヘムヘムくんを見た。
ヘムヘムくんは頷いて立ち上がり、私に歩み寄って来る。
そして以前のように手拭いを差し出され、私は初めて気が付いた。

「へ? あ、あれ…?」

自分の頬が、涙にぬれている事に。

あ、あれ?
おかしいな。
こんなはずじゃなかったんだけど…。

ぽろぽろと流れる涙が止まらない。

嫌だ、やめてよ。
これじゃ、鉢屋くんが悪者になってしまうじゃない。
本当に、大したことじゃ、ない、のに…。

「ヘム?」

泣いている事を認めたくなくて手拭いを受け取らずにいると、ヘムヘムくんが不思議そうに私を見上げる。

「あ、はは…あれ、おかしいな…なんで、私…」

お願いだから、止まって。

焦る心とは裏腹に涙は流れ続け、先生方の表情も険しいものへと変わっていく。

どうしよう、どうしよう…!

焦りと涙とで混乱し始めた私を見かねたのか、少し離れた位置に座っていた文次郎さんが歩み寄ってきて、

「わふっ…」

ヘムヘムくんが持っていた手拭いを取ると、それを私の目元へと押し付けた。

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