気付いたら隣に…
□ようやくご挨拶
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布団に横たわったまま、窓から覗く真っ暗な空を眺めていた。
眠れない…。
思わず大きく息を吐き、夜の暗さを実感する。
今って何時頃なんだろう?
横になってしばらく経っているせいか真夜中のような気がしているけど、意外とまだ早い時間なのかもしれない。
照明がないこの時代の夜は、現代よりもずっと早く始まるから…。
そう考えた自分に、思わず苦い笑いが漏れた。
時計のない生活に慣れるのは、もう少し先になりそうだ。
ごろりと転がって体の向きを変えて。
少しだけ、ここに来る前の生活のこと思い出してみた。
毎日、夜更かしが習慣になっていた。
アルバイトで働きながら資格試験に向けて勉強をするのは、
大変だったけど、それなりに充実していたと思う。
老人ホームのスタッフはみんな良い人達で、だからこそ専門知識も資格もなくて、簡単な手伝いしか出来ない自分がもどかしかった。
なんだか、今と少し似ているかもしれない。
状況は全然違うけど、もどかしいと思う気持ちが少しだけ似てる気がする。
早く怪我を治して皆さんの役に立ちたいと、焦りにも似た感覚でそう思っていた。
だけど今、ようやくその瞬間を目前にして、私は不安に襲われていた。
果たして私は、本当に役に立てるのだろうか?
明日、学園の皆さんに正式に紹介されて、どこで働く事になるのかも決まるらしい。
学園にどのような仕事があるのかはわからないけど、
おそらく事務か食堂のお手伝いじゃないか、と文次郎さん達が言っていた。
医務室での最後の夕食の時、既に緊張していていつも以上に食べるのが遅くなってしまった私に、文次郎さんと伊作さんは微笑んでくれて。
やっと、働く事が出来る。
役に立つ事が出来る。
その時は、そんな風に喜んだけど…。
私はこの時代の事を何も知らない。
電気もガスも水道もないここで、私はどれだけの事が出来るのだろう?
やってやれないことはないだろうけど、少なくとも慣れるまでに時間は掛かるだろう。
『時計のある生活』と同じで、まだまだ私の中には便利な現代の感覚が残っているから。
文次郎さんや伊作さんは凄く大人で何でも出来るのに、彼らと同じ年ということになっている私には何も出来ない。
本当はもっとずっと年上なのに、何も出来ない。
そう考えると『役に立つ』どころか、迷惑をかけてしまうような気がした。
あまりにも役に立たなくて『面倒見きれない』とか『出ていってくれ』とか言われたらどうしよう。
ここの人達は優しいから、そんなことを言うはずがないけど、
でも本当はそう思っているのに、言わずに我慢されるというのもツラい。
考えても仕方がない事だけど、考えずにはいられなくて。
ごろん、とまた寝返りをうった。
そういえば、今まではどうしてすぐに眠れたんだろう?
右も左もわからない場所で、帰る方法も分からなくて、知っている人もいなくて。
とてもじゃないけど、落ち着いて眠れる状況だったとは思えないのにな。
ごろごろ。
ごろごろ。
あっちにこっちに寝返りをうって、私はむくりと上体を起こした。
無理だ。
眠れない。
衝立の向こうでは新野先生が作業をされているのか、明かりが灯っていて物音も聞こえてくる。
そろりっと衝立から覗き込むと、まるで待ち受けていたかのように新野先生がこちらを向いた。
「…眠れないんですか?」
静かな夜。
淡いろうそくの明かりと新野先生の柔らかい声音は、それだけで私の心をほぐしてくれた。
「はい、なんだか緊張してしまって…」
お邪魔じゃないですか?
苦笑いを浮かべつつ作業中の新野先生に尋ねると、先生は笑顔でゆっくりと立ち上がった。
「ちょうど一休みしようと思っていたんです。お茶に付き合って頂けますか?」
「あ、それなら私が…」
「いいえ」
新野先生にしては珍しい強い声音で制されて、私は浮かしかけた腰を下ろした。
「あなたの傷はかろうじて塞がっている状態です。多少なら動いても構いませんが、出来る限り休ませてあげて下さい」
優しく、強く、言い聞かせるような新野先生の言葉に、私はコクリと頷いたけど。
ふと、頭によぎった疑問を口にせずにはいられなかった。
「先生、確か学園長先生には『順調に回復している』って…」
そうおっしゃっていませんでしたか?
そんな私の問いに、新野先生は困ったように笑った。
「そうなんですけどね…素子さん、そろそろ限界だったでしょう?」
お世話になり続ける事に。
疑問じゃなく確信を持ってそう言われ、
ああ、かなわないな。
と、思ってしまった。
かなう、だなんて、
最初から思ってなかったけれど。
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