日和

□シール4
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「歩ー?寝てるのー?」

自分に優しくしてくれた母のために。
その手、その口が休まることはなかった。

かつては家族団欒で過ごしていた
歩だったが、その日々は一言で壊された。

『君、今日から来なくて良いよ。』

父への一言だった。
そのときの歩はまだ幼く、その意味が
分からなかったが、中学生ともなれば、
その意味ももう分かる。
その一言がお父さんを駄目にした。
そう、最後に一緒に入ったお風呂で
父は静かに言った。
父は、世間で言う『リストラ』という類の
ものを受けたのだった。
父はその翌日の朝、出て行った。

歩が許せないのは、父ではなかった。

彼が許せないのは、今右手に持っている物、
『リーマンチョコ』だった。

父が出て行ってから、母は一人で歩を
育てた。育ち盛りの少年は、食事も
たくさんとった。
そんなある日、歩が母と共にスーパーへ
出かけた日、歩は一人の男性と出会った。

冴えない眼に、スーツ姿。
歩の忘れられないあの眼鏡。

――父の姿だった。

しかし、歩は声をかけられなかった
あまりにも、無残に、うろつく父の姿を
認めたくなかったのだ。
母も気づいたのか、歩を遠まわしに
お菓子売り場へと導いた。

そこで歩は『リーマンチョコ』と出会う。

冴えない眼に、スーツ姿。
思い出の中の眼鏡に似た眼鏡。

そんなサラリーマンが描かれたパッケージの
お菓子を、歩は無意識にとってこう言った。

「お父さんみたいだね。」

母は優しく笑い、『リーマンチョコ』を
買ってくれた。
その帰り道で、母は言った。

「そのシール、集めたらお父さんに
 見せようね?」

母の目には涙が浮かんでいた。

歩は、それを見て悲しんでいる人が
居るのに、『リストラ』という現状に
追いやられたサラリーマンのシールを
販売する『リーマンチョコ』が。
だから、彼はシールを集める。
父と遭い、これを廃止させるために。
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