企画小説

□その距離、3000歩。
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※時間軸はアカデミア卒業後。十代とヨハンは同居してます。




その日は、久しぶりにサークル仲間と会う日だった。

時々時計を見遣りながら、俺は何事もないかのように、話に参加する。

同居人に伝えた帰宅時間は、刻々と迫ってきていた。



「――あれ?」


のんびりと校門に向かって歩いていると、見覚えのある顔を見つけて、思わず立ち止まる。

視線の先には、小さなベンチに腰掛ける恋人の姿。
鳶色の瞳が俺の姿を捉えるや否や、ぶらぶらしていた足がぴたりと停止する。


「十代?なんで…?」

「……おかえり。」


ポケットに手を無造作に突っ込んで立ち上がると、十代は薄い笑みを浮かべた。

現在時刻は午後6時。
俺が十代に伝えた帰宅時間は午後4時。

既に予定の帰宅時刻を大幅に上回っての出迎えだった。


「また待っててくれたのか?」

「冗談!暇だったから来ただけ。」


そう言って十代は肩を竦める。
眦を緩めて唇を吊り上げると、怜悧な微笑みが閃いた。

その笑顔にどこか不穏なものを感じて、俺はそろりと後退を始める。


「なんで逃げんだよ。」

「……だって怒ってるじゃんか。」


ついと伸ばされた指先から逃れ、上目使いに十代を見上げる。
こちらを見下ろす鳶色の瞳は、明らかに険しかった。

「怒ってねぇって。」

「絶対、怒ってる。」

「なんでわかる?」

「目が怖い。」


きっぱりと告げると、十代は不機嫌そうに顔を歪めた。舌打して、そのまま踵を返してしまう。


――待っていてくれたのなら、そう言ってくれればいいのに。


俺はこっそりと溜息を吐いた。




点在する街灯に、ぽつりぽつりと明かりが灯り始める。
あれからほんの少しの時間しか経過していないというのに、既に白熱灯の光を眩しく感じる程に、辺りは暗くなっていた。

十代と俺は狭い路地を、無言のまま歩く。


十代の足は怒りの感情も顕に、乱暴にたたらを踏んでは宙を蹴り上げている。

男にしては狭い肩はいつもより若干いかって見えた。

いくら俺が悪いとは言え、こうも無視されると、謝るものも謝れないじゃないか。


「十代。」


試しに呼びかけてみたものの、一向に返事らしきものは返って来ない。
振り返ってくれるぐらいいいだろうに。
無言を貫く十代の背を追って、俺は歩調を速めた。
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