企画小説
□月夜に踊る
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ノブを捻る気配に、ヨハンはまだ重たい瞼を開けた。
深々とした冷気が立ちこめた暗闇の中、静かに布の擦れる音が微かに聞こえてくる。
月がほの白い燐光を放つ、深夜のことだった。
足音一つ立てずに何者かが近付いて来る気配がしたが、ヨハンは指一本動かさずにただじっと目の前を見続ける。
ドアを閉めた際に吹き込んだ風で、カーテンがゆらゆらと揺れていた。
やがて横たわる寝台がぎしりと音を立てた。
背中越しから伝わるぬくもり、そして髪を撫でる大きな手。
こんな夜更けに、それも完全に施錠してあった部屋に無断で入り込んで来た侵入者であるというのに、ヨハンが恐れを感じることはなかった。
シーツが捲られると、その侵入者はするりと中に入り込んできた。
腰から腹へとぴったりと手が回され、首筋には柔らかな髪が押し当てられる。
仄かに鼻腔を擽る煙草の香りに不思議な安堵を覚えながら、ヨハンは再び眠りについた。
アカデミアを卒業してから旅に出たという十代は、いっかなその所在を知らせようとはしない。
時折一方的にメールを送ったりしてくるだけで、こちらから連絡を取ることは難しかった。
そしてメールの内容もごく短い簡単な文章で構成されていて、「今どうしているのか」だとか「誰と一緒にいるのか」という、なんとも身勝手なものだった。
そこでヨハンもごく簡潔に返事を送るのだが、返事が返ってくることはあまりない。
特に「友達と一緒にいる」と答えた時などは、「へぇ。」などと、明らかに不機嫌な様子のメールが返ってくるものだから、本当にどうしたらいいか困ってしまう。
もどかしいやり取りが数ヶ月続き、今後の十代との付き合い方についてヨハンが悩んでいるうち、十代は頻繁にヨハンの元を訪れるようになった。
それも、夜に。
別に何をされるわけでもない。
ただ夜になるとどこからともなく現れ、勝手に寝台に潜り込んできて一夜を過ごし、朝が近づくと再びどこかへ姿を消してしまう。
「俺は夜の魔物だから、朝陽に当たると溶けちまうんだよ。」
理由を問えば彼は笑って、のらりくらりとはぐらかす。
いつもそんな調子であるから、そのうちヨハンもすっかり諦めてしまい、このところは本人の好きにさせるようになっていた。
だが目覚めた時、空っぽの寝台を見た朝に訪れる空虚さだけは、拭い取ることができなかった。