企画小説
□甘くて、辛い。
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甘ったるい香りが鼻腔を擽る。
鍋をかき回していたヘラを重力に逆らって掬い上げると、まとわりついていたチョコレートがゆっくりと鍋の底に戻っていった。
「よし、このくらいだな!」
「おおー!」
ヨハンの了解が出るや否や、十代は盛大な歓声を上げた。
マシュマロやらバナナが突き刺さった串を持って、二人は早速完成した鍋の中へと突っ込んだ。
2月14日、バレンタイン。
世の男性陣が年に一度極度の緊張状態に置かれる(らしい)日。
ところが十代とヨハンは、家に篭って待つでもなく、積極的にチョコの回収に向かうでもなく、二人でチョコレートホンデュに興じるという道を選んだ。
・・・・・・と言っても、このように女性から男性へという風習はあくまで日本だけのものであって、ヨハンの故国では性別の縛りがなく、自由にチョコを送りあえる日である。
勿論、そこに篭められる好意は恋愛要素だけではない。
そう例えば――友情だって立派な好意の一つだった。
そのことを自覚することは、十代にとっては大きな喜びでもあり・・・・・・少しの寂しさを喚起することでもあった。
「そういえばさ、」
ヨハンがマシュマロを鍋に浸しながら、徐に口を開く。
「貰ったか?チョコレート。」
「いいや。」
十代は肩を竦めた。
いくつかに分けて串にマシュマロを刺しながら、くるりと回してその造形を堪能する。
「俺は旅から旅の流浪人だし、皆には俺の居場所を教えてないし。」
「じゃ、これを一つとしてカウントできるわけだ。」
明るく答えるヨハンに苦笑すると、十代は串を鍋の中に浸した。
ゆっくりかき混ぜると、雪のようなマシュマロにたっぷりとチョコが染み込んでいく。
「日本は本命とか義理とか煩いから。お前の国が羨ましいよ。それに、あんまり貰うと食べきれないし。」
「いいじゃないか。どんな形であれ好かれてるってことなんだし!なんなら何度かに分けて食べればいい。」
十代の贅沢な悩みに、ヨハンは笑って答えた。
初めは何気なくヨハンの言葉を聞いていた十代だったが、少ししてふと顔を上げる。
「・・・・・・同じこと言うんだな。」
「え?」
言った後で、しまったと口を噤んだ十代だったが、ヨハンはきょとんとした様子で首を傾げる。
下から鍋へと吹き上げるバーナーの炎が二人の影を、ゆらゆらと薄暗い部屋の中に映し出す。