斉藤君と幸人さん
□第六話
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「あ…あぅ…」
目の前にはテレビ。
テレビにはAV。
「ひ、ん…は…あ…」
幸人の声が女優と声が重なる。
「あっ…だ、め…」
「…幸人さん?」
突然の大紀の声にビクリと体を固める。
よく見ると別に彼は自慰をしているわけではないらしかった。
ただ口をパクパクさせ、助けを求めるように小さく振り返ると目に涙を浮かべた。
「なに…?」
「ひ…ん…け、て…」
「え…?」
「てれ、びぃ…」
「あ、はいはい」
ソファに転がったリモコンを拾い上げるとそのまま電源ごと切る。
ブツリという音と共に音声がなくなる。
あるのは幸人の危険を知らせる息遣いだけ。
今にも白目を剥きそうな表情に恐ろしくな る。
「幸人さん…?」
「う…は…はあ…はあ…」
虚ろな表情で大紀の方を見ると、そのまま倒れた。
「ちょ、幸人さん!」
「だ、じょ、ぶ…れす…」
小さく消えるような声で呟くと、今度は顔を真っ赤にさせた。
「あのAV、幸人さんの?珍しい」
「ち、違い、ます…。無表記のDVDディスクが、出てきて、何か分からなくて、それで…」
まるでやましい隠し事がバレてしどろもどろになっている中学生のような言い訳をする姿に可愛さを見い出しながらも大紀は足をひくひくさせながらされる必死な主張を聞いた。
そのうち落ち着いてきたのか幸人は動かなくなってきた。
「幸人さん?」
「多分…父親の、だと…」
「何が?」
「…DVD…」
「ああ」
「自分…三次元の女性は、怖くて、その、ダメ、だから…」
「AVが恐怖対象?」
「(こくり)」
驚いた。
幸人にとって男性の性生活には欠かせないAVが恐怖対象だと言うのだ。
分からなくもないがここまで拒絶反応の出る人は初めてだ。
どうしていいのか分からないのでとりあえず頭を撫でることにした。
幸人はこれが大好きなので。
転がっている幸人の傍に腰を下ろし手を伸ばすと、幸人は猫のように瞼を下ろした。
「そうだ幸人さん」
「…はい…」
「手紙、来てましたよ」
「はぇ…?」
大紀の手に溶かされている最中の出来事に、幸人の思考がついていかない。
ゆっくり瞼を持ち上げると目の前に差し出された。
「どうぞ」
「……」
ゆっくりゆっくり指先で手紙の存在を確認すると何とも言えない表情で封を開けた。
「…いらない、です」
「はい?」
開けた途端目元をうるませ小さく指を震わせた。
幸人の恐怖心をそこまで煽り立てるこの手紙はなんなのか。
新手の嫌がらせか?
大紀が手紙を見ると、そこには意外なことが記してあった。
「同窓会…?」
幸人の母校である高校からの、同窓会の知らせだった。
参加不参加を知らせる葉書が一枚、同窓会の旨を伝える紙が一枚だけしか入っていなかった。
「同窓会かあ。楽しそうじゃないですか」
「…嫌です」
「そりゃ幸人さんにとっちゃ嫌な過去かもしれませんけど、あれから何年も経ったんです。幸人さんだって、初めて会ったときに比べて随分変わったじゃないですか」
大紀の励ましにも幸人は緩く首を振る。
実際、大紀と生活するようになった幸人は大紀の調教(?)のせいか、ひどく甘えるようになった。
そして、大紀と一緒なら駅2つ分くらいの移動も出来るようになった。
けれどそれも大紀がいてこその話で。
大紀がバイトや私事でいないときはやはり今までと変わらない生活だった。
本人たちはどうも気付いていない様なのだか。
「幸人さん」
「嫌だ嫌だ嫌だ」
「落ち着いて」
「…怖い」
大紀は幸人を落ち着かせるために出来るだけ優しく、出来るだけゆっくり頭を撫でた。
しかし幸人の脳裏には永田が浮かんでいた。
同窓会だし、友人もいないわけではなかった彼はきっと来るだろう。
再び迫られたりしたらそれこそ拒むのは無理だ。
大紀にまだ話していない手前、どうすることも出来ない幸人は、ただ拒むことしか出来なかった。
「…ふぅ、分かりました」
「あの…」
「僕も一緒に行きます」
未だ頭を撫でられているため思考は蕩けているものの、大紀の言葉ははっきりと幸人の耳に届いた。
「ぇ…」
「幸人さん、僕がいるなら外出も大丈夫みたいなので、僕も行きます」
「だ、ダメです」
ついて来でもしたら、永田のことがバレてしまうかもしれない。
大紀も同じタイプだし幸人を大事に思っているので可能性は低いがもしも万が一嫌われでもしたら幸人は堪えられる自信がない。
無意識のうちに幸人は大紀の存在を、必要不可欠な存在として見い出していた。
「それじゃあ幸人さんは自分で行けるんですね」
「……」
「顔を出すだけでもいいですから。ね?行きましょうよ」
「…先生に、挨拶、だけなら…」
「僕は、いりますか?」
…ずるい
「…いります」
「はいはい」
わざとらしく笑うと再び頭を撫でられる。
幸人はこの顔が好きだ。
体の内側がぎゅうっとして堪らなくなる。
「………」
「ほら、これ書いて。さすがに名前は自分で書かなきゃならないんだから」
自分はこの男が好きなのだろうか。
「幸人さん」
こちらも男で、あちらも男なのに?
「聞いてますか?」
なのに…こう頭を撫でられると、ぎゅうっとなったままどきどきする。
名前を呼ばれると、やっぱりぎゅうっとなる。
「…幸人さん」
ああ
自分は、この男のことが…
「………」
「なんですか?そんなにじっと見て。ほら、名前と参加意思。書いてください」
「あ…はい…」
自分は、斉藤くんが、好きなんだ