御話 短創作

□それはある朝のこと
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毎朝同じ電車の同じ位置。

彼はやって来る。


「……」

「……」


入口で目があって、視線が絡む。

あまりの恥ずかしさに顔が上げられない。


「……」

「……」


今日は朝からすごい雨で、だから傘のおまけ付き。


「…、」

「……」


傘の柄をなぞるように指が動く。

ぐりぐりと、それはまるで愛しい者の体を優しく愛撫するかのように。


「…、」

「……」


あの指を掴みたい。

掴んで握って、指の形を確認するようになぞりたい。

不思議な欲求はそのまま興奮という名に変わり支配した。

指から目が離せない。

もしかしたらおかしなやつだと思われているかもしれない。

それでもいい。

いっそのこと掴んでしまえばこの興奮から救われるかもしれない。


「っ…」

「……」


乗換駅まであと数分。

それまでに、それまでに…


「…掴めば?」

「…え?」


低い、それでいて何かを楽しんでいるような声。

思わず顔を上げると彼はニヤニヤとやらしい笑いを浮かべていた。


「駅、着いちゃうよ…?」

「あ…」


脳内を痺れさせる甘く低い声。

気付けば指を掴んでいた。


「…いい子」


小さく囁かれ指を撫でられた。

ゾクリと背筋が粟立つ。


「…ねぇ」


潜めた声。

あまりの羞恥に顔が上げられない。


「いつも俺のこと見てるよね」

「っ…!!」


バレてた。

は、恥ずかしい…!!!

指は相変わらず撫でられているままだしそれが余計に羞恥を煽る。


「キミ、男だろ?」

「……」


頷くしかできなくて軽く頷いた。

途端に彼はひどく楽しそうな顔になった。


「男を好きになるってどんな感じなの?」

「え…あの…」


バカにしてる感じはない。あくまで楽しんでいる。

そんな感じだ。


「俺、キミに興味湧いちゃった。付き合ってよ」

「え…?」


突然の告白。

告白というより頼まれ事をする感じ。

ニヤニヤとした笑い。


…嫌な感じがしないのが不思議だ。


「で…でも、名前…知らない…」

「あ、そうだね。俺の名前は—」


幸か不幸か、電車は乗り換えの駅に到着した。


「あ…」

「残念。またね」


彼は優しく頭を撫でるとクスリと笑った。

ヒラヒラと手を振っている。

振り返そうとするも降りる人が多くて人波に押されるがごとく電車を降りた。

振られた手が窓の端に見えた。

反対車線には乗り換える電車が来ていた。

それでも、やっぱり目が離せなくていつまでも進む電車を眺めていた。

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