斉藤君と幸人さん

□第五話
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早急にベッドに運ばれた。


「今度は熱ですか…」

「すみません…」

「謝らなくていいです」


今度の倒れた原因は熱。


「熱中症ですかね…。ごめんなさい、シチューなんて暑いですよね」

「だ、大丈夫です、から…その…持ってきて、もらえます…か…」


自分の言葉に満面の笑みを浮かべて立ち上げる彼に、こっちまで頬が緩む。


「分かりました」


彼の背中が部屋から出たのを見て小さく息をつく。

キスをされた。

永田くんにされたのとはまた違うキスだった。

自分は色恋沙汰に弱い。

それどころか気付かない事が多い。

まあ不登校に引きこもりを続けていたからそんな出会いすらなかったわけだが。

だから彼の"好きだ"という気持ちが分からない。

彼が好きだと言ったとき、手のひらの血が引いていって、心臓がばくばくと早く動いた。

手が震えていたかもしれない。

けどそれが何故かは分からない。

別に彼に対してやましいことはしていないし怯えることもない。

じゃあ何で…?

キスされたから?迫られたから?

永田くんにされた時は感じなかった。


「…熱い、」


息が、手が、熱い。

シャツがすごく邪魔で、ボタンを外すと少し楽になった。


「お待たせしました幸人さん。…あれ、大丈夫ですか?顔真っ赤ですよ」


戻ってきた彼は驚いた顔をしてた。


「熱上がったかな…」


触れる手が冷たくて気持ちいい。

もっと触れて欲しい…

熱でうわつく頭の片隅で、そんなことを思った。


「薬飲んで寝た方がいいか…さっきおにぎり食べさせたから胃は空じゃないし…。幸人さん、ちょっと薬探してきます。だから待っててください」

「あぅ…ひとり…?」

「すぐ見つけてきますから」

「…やだ」


うわつく頭は言葉を選ばない。

恥ずかしい事まで口をついて出る。


「幸人さん…?」

「もっと触って…手…冷たくて、気持ちいー…」


彼の手を引き無理に頬に触れさせる。

ヒヤリとした冷たさに身震いをするけど離せなかった。


「……」

「うぅ…ん」


首元を擽られる。


「…気持ちいい?」

「くすぐった…」


肩に触れられる。

鎖骨を撫でられる。

手のひらが、自分の体を這い回る。


「…これは?」

「っあ…!!」


か、彼の手のひらが…違う、指先が…自分の…乳首、に…!!

ぞわぞわした痺れが爪先から上がるのを感じて体を捩ると、彼はゆっくり手を退かした。


「な、に…?」

「熱上がってるんじゃないですか…。体、すごく熱いですよ」

「そ、れすか…?」
「あんまり肌を出すと、余計にひどくなりますから」


シャツのボタンが閉められて、そのかわり頭を撫でられた。


「…あの、」

「何ですか?」

「え、と…」

「はい」


呼びたい、名前を―


「ありがと、ござい、ます…あの、さ、斉藤…くん…」

「!!」


目がチカチカする。

熱が上がっていくように、頬が熱い。


「…はあ」

「あの…」

「幸人さん…名前、ありがとうございます」

「あ…いえ、いえ…」


緊張にも似たこの苦しさと異常なまでの喉の乾き。

熱なのか、それとも―


「…すみません、幸人さん」

「え…、んむっ…ん、ふ、んん…」


あっという間の出来事に頭がついていかない。

それどころか絡められた舌を冷たくて気持ちいいと考えてしまっているからもうどうしようもないのかもしれない。

ゆっくり、時々激しく、彼は、斉藤くんは、僕の舌を、口内を貪った。

やっぱり食むように何度も唇を動かしているのを感じる手前、彼は自分の唇が好きらしい、と、勝手な考えに耽った。


「はぁ…は、ふ…」

「ん…」


熱があると涙腺も緩みやすいのか。

気付くと自分は、涙腺が崩壊したように泣いていた。

別に悲しいとか、嫌だったとか、そういうんじゃない。

ただ淡々と涙だけが溢れて流れてた。


「…泣かないで」


溢れる涙はそのまま彼の舌に絡めとられていく。

熱い吐息と舌が頬から目尻へと這わされていく。

思わず肩を竦めてしまった。


「やっぱり…貴方が好きです」


愛しいものを見るかの様な視線に頬は朱に染まり頭はくらくら。


「あ、の…じぶ、は…」

「大丈夫です。待ちます」

「はぇ…?」

「幸人さんが僕を好きになってくれるまで待ちますから」

「…わかり、まひ、た…」

「だから今日は寝てください。シチューなら朝にまた温め直します」


頭に彼の言葉が響く。

甘い甘い彼の言葉に、自分は頭痛が居座る頭を枕に沈め、そのまま眠りについた。

朝起きたら、まずは噛まないように彼の名前を呼びたい。

頭はガンガン痛いのに思考回路は穏やかだった。

唇が、じくじくと痺れた。


「(…痛い、)」


それは頭か、胸なのか。

分からないまま、自分は、意識を遮断した。
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